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「数学がわからない」がわからない

「わからないからできません」

「腹落ちしないと作業を進められない、出来ない」でも良いんだけど

「とにかくやれ、やってみろ、わかんなくっても出来るようにテンプレ対応のマニュアルはある」ってのが現場では結構多くて。

 あと昔の大学って「分からないときに自分で調べられるようになる」までが教養、でしたが、今は、卒業論文書くことも無くひたすら「出席点のためにワケのワカラン講義をワケがワカランままに受講する」のが大学生活のようなので「わからないのでできません」って大卒でも恥ずかしくなく言えちゃうんだなあ。

「出来るようになるまで聞いてね」とは云うものの。

さておき。

 数学も英会話も、苦手意識が無ければ、わからなくても「門前の小僧習わぬ経を読む」である程度「できる」ようにはなれるのであります。

 家庭用ゲーム機で、コントローラーの使い方が、ゲームによってコマンド入れるのが面倒だったり直感的に分かって出来たりする。身体ごと機体を曲げようとするヒトもいるが、コントローラー自体を動かしても画面の中の自機は変わらんですから~。

 お話はとびまして、相対性理論のアインシュタインも数学的な記述はニガテだったらしく、チームを組んで試行錯誤しながらやっていたもよう。

 あと、どうやら、ユダヤ教的な、静的でカチッとした階層構造的な世界観を持っていたように見受けられるので、

つねづね(うーん、もうちょっと平易に簡潔に表せないものかなあ)と感じては居たようです。

お話はとんで四則演算、足して引いて掛けて割って、ですが、
いずれも足し算から考えると、引き算は負(マイナス)の数を足すだけで、
かけ算は足し算の繰り返し、割り算は何回引けるかの繰り返しなので、
(まあゼロに何を掛けてもゼロですわな、ってのと、「ゼロで割ることはできません」というお約束を直観的に説明するのが面倒なのは変わりないのですが)
 足し算とその仲間たちであります。そうだ嬉しいんだイキる喜び←。

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