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黒の花嫁 Christmas番外編「Sweet dreams.」

Sweet dreams.(良い夢を)


 まだ結婚する前のこと。
 チカゲとヴェルザンディが部屋でくつろぐ。
 チカゲはソファで本を読み、彼の隣に座るヴェルザンディはテレビゲームをしていた。
 今日はクリスマス。
 スウェーデンは家族で過ごすことが多いが、ヴェルザンディは家族を持っていない。敢えていうならば姉にウルズ、妹にスクルドがいるが、彼女らはクリスマスに集まる文化はない。
 そのため、チカゲはヴェルザンディと共にいる。
 ゲームに集中しているはずのヴェルザンディは、ちらりとチカゲを横目に見やる。
 だが、気づかれたくはないのか、すぐに視線を画面に戻した。と、すぐさまチカゲの顔を一瞥する。

「……」
 
 チカゲは、ローテーブルにあるコップを取って一口飲んだ。

「ヴェル、さっきからチラチラ見てるけど、何?」

 気づかれていないと思っていたのか、「ひゃう!」と悲鳴に似た声をあげ、ヴェルザンディは肩を大きく振るわせた。

「……」
「どしたの?」
「きょ、今日何の日か知ってる?」
「クリスマス」
「わかってるなら、ワタシが言いたいこともわかるだろ⁉︎」
「いや、わからない」

 身を乗り出すヴェルザンディに、チカゲは片眉を寄せ、首を傾げた。必死になる彼女が本当にわからない様子だった。

「『羅生異端録』を遊んでるんだが、クリスマスは好きな女と過ごす行事らしい」
「へぇ。スウェーデンでは家族で過ごすものだけど、日本では恋人と過ごすのか」
「……ワ、ワタシたちも恋人っぽいことをするぞ!」
「恋人っぽいことって何」

 困ったように顔を顰める。

「そ、そりゃあ! 手を繋いだり? デートしてみたり? 買い物とかしたり?」
「普段からしてるでしょ」
「そうだけど……!」

 ヴェルザンディは項垂れる。

「えーい! もうやけ酒だ!」

 チカゲが飲んでいたカップを奪い取り、喉を鳴らしながら飲み干した。最後に「ぷはー!」とわざとらしく言って、カップを勢いよく置く。
 ポテトチップをバリバリと食べながら不満を漏らし始めた。

「もう少しはワタシに触れてもいいんじゃねえのか⁉︎ そこまで女としての魅力がねえのかよ⁉︎」
「ヴェル」
「好きとかも言ってくれねえし、ち、ちちちちちチュウとかもねえし!」
「……ヴェル?」
「え、え、え、え、え……ちな、ことも……微塵もねえしさ!」
「ヴェルー」
「そーゆうことを日本の男女はしてんだよ」

 赤く染まる頬に両手を当て、目をぎゅっと閉じる。彼女が今どんな想像をしているのか、手に取るようにわかった。

「レンきゅんだって、夜景の素敵なホテルでチュウをして……」

 ——なかなか〝大人〟なゲームだな。
 夜景が綺麗なホテルに入るにはそれなりの金がいる。
 良い風景に、良い食事、良いサービス。そこに好きな女と素敵なムードになるとは、日本の高校生は想像以上に大人なのだろう。
 次の一言を聞くまでは。

「ベッドの上でヒロインを押し倒すんだ」
「ゲホッ!」

 突然、お菓子を食べていたチカゲが咳き込む。
 
「大丈夫? 急にどうした⁉︎」
「ちょっとむせただけ。『羅生異端録』ってエロゲーだっけ?」
「え、えろげー?」
「……押し倒したあと、どうなるの?」
「あぁ、画面が切り替わるからわからねえ」

 ヴェルザンディはお菓子をつまむ。

「それが日本流のクリスマスの過ごし方なら、ワタシもそんなクリスマスを過ごしてみたい。こ、こんなこと酔っぱらわねえと言えねえからな!」

 顔を赤くし、潤んだ目でチカゲを見つめる。

「ちなみにヴェルが飲んだのはお酒じゃないからね」

 チカゲの一言に、ヴェルザンディは固まる。岩のように固まる。
 瞬きすらせずに、時間をかけて彼女はチカゲの言葉を理解をする。
 そして、溜まりに溜まった火山が噴火するように、ヴェルザンディは耳まで赤くして叫んだ。

「は、はああああ⁉︎ 最近コーヒー味のお酒を買ったって、言ってたじゃねえか!」
「さすがに昼間からお酒飲まないよ。ヴェルのお世話もあるし」
「お世話って言うな!」
「ご飯を作らなくても良いの?」
「それは困る!」
「ほらね」
「でも顔も体も熱いし、胸もドキドキしてる!」

 まだ認めたくないのか、ヴェルザンディはチカゲの手を取って、自らの胸元に当てた。
 確かに熱い気もする。だが、さすがに鼓動が速いかどうかはわからない。

「場酔いだよ。酒は飲んでないけど、その場の雰囲気で酔ったような気分になってるだけだと思う」
「うっせえうっせえうっせえ!」

 首を横に振りながら、ヴェルザンディはチカゲの胸元を叩く。
 首を振りすぎたせいか、頭がクラクラとして、バランスを崩した彼女はチカゲを押し倒した。

「あ、ご、ゴメン。チカゲ」

 見たことのない光景。太陽に照らされた雪のような白髪がさらりと落ち、見下ろされるヴェルザンディの顔が新鮮だった。
 チカゲは少し驚いた表情をするが、彼女はとても混乱した様子だった。
 日焼けのない彼女の白い胸元が肌ける。
 ——あ、マズイ。
 チカゲはヴェルザンディの肩を持って押しのけようとした。

「嫌!」

 ——なぜ⁉︎
 チカゲは心の底から思った。
 ヴェルザンディはチカゲから離れない。むしろ抱きつこうとするほどだ。
 本当にカップの中身はただのコーヒーだったか不安になってくる。

「どこにも行かないで」

 普段男のような口調のヴェルザンディだが、全ての壁を取り払った本来の彼女に見えた。

「どこにも行かないよ」
「でもワタシを離そうとしたじゃない」
「それは……諸事情が……だからトイレに行かせてほしいんだけど」
「チカゲ……そばにいて」

 ぎゅっとしがみ付く。

「ヴェル? どうしたの、急に」

 まるで胸を押しつけるように、彼女は更にしがみ付く。

「お願い……〝回さないで〟」
「回す?」
「チカゲ、助けて」
「ヴェル?」
「〝悪夢〟から助けて」

 そう言うと、意識を失うように眠りについた。




 ヴェルザンディにとって、クリスマスは〝悪夢を見る〟日のようだ。
 どんな悪夢なのかは、当時のチカゲは知らない。
 起きた本人に訊ねても、全く覚えていないのだ。
 いや、覚えていないと思い込んでいるだけなのかもしれない。
 だからこそ、『羅生異端録』というゲームで過ごした〝新たな〟クリスマスを知り、過去のクリスマスを塗り替えたいのだろう。
 チカゲは、膝の上で二度寝をするヴェルザンディの頭を撫でる。

「今のヴェルは良い夢を見てるかな」

 寝息を立て、穏やかな表情の彼女を見たチカゲは、そっと呟いた。

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