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初めに

文筆活動を始めたのは中学生の時の夏休みの自由研究。元々の素質と、家でひとりで遊ぶことが多かったために文章を書くこと、頭の中で想像を広げることが容易くて、毎年1本夏に書き上げていた。ただ中学生の私の世界があまりに狭かったものもあって、好きだったライトノベルを真似しただけのような拙いものだった。
そこから沢山の物語に触れた後、高校3年の小説を書く講義で実際に書いた作品は人間の理不尽さや苦しみに溢れたものへ変化していた。精神的な部分が成長したことが反映された結果なのかもしれない。先生や生徒からの評価はかなり辛辣だったけれど、自分の筆が進むのはきっと私が書きたいものが其れなのだと思えたから、私は1年を通じてそんなテーマで創作を続けた。

綺麗な作品は確かに多くの人の心を掴み、持て囃されるものであるかもしれない。現に映画作品などでも愛憎に塗れたものより、青春などを扱った爽やかな雰囲気のものが「良い作品」として親しまれている。

けれど創作活動は持て囃されるために書くものではないと思う。己の心に溢れる様々な想いをこめてこそ作品に宿るものがある。私自身第三者から口出しされ、バッドエンドに終わるはずだった長編作品をハッピーエンドに書き換えたことがあるが、やはり自分でしっくりこないのはあの作品がその最後のシーンのために書かれたからではないからだろうと思う。

大学では文学に関わる勉強は殆ど出来なかったが、大学在学時に文学部の教授より「君の文章には人を惹きつける力がある」「小説を書いてみないか」と強く勧められた。そんなことを言われたのは初めてだった。溢れ出しそうな胸の内を吐き出すために、自分のために、我流で書いていた文章が他人に評価されるなどこれっぽっちも考えていなかった。けれど、教授の熱意は私の中に灯をともしてくれた。

小説を書きたい。
私の文章で誰かの心を揺さぶりたい。

今、私生活が落ち着いて漸く筆を取ることになったが、少しでも良い、私の感じた世界で誰かを共鳴させることができたら。

それは凄く幸せなことではなかろうか。

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