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金木犀

甘い匂いに視線を動かしてその姿を探せば、はるか先に金木犀がぽつんと見えた。
深緑の中に小さな花の散らばる姿を見ると、秋の訪れを感じたものだけど、今日はどうしても暑さが勝つ。まだ夏じゃないか、と視線を別に向ければ、朝顔が咲いていた。

なんならひまわりもかろうじて咲いている。そして彼岸花も赤々とその周りを彩っている。

夏と秋の混在する景色を眺めながら歩く。
夏の暑さだというのに空気は秋の匂いがするのだから不思議なものだ。
涼しくなったり暑くなったりを繰り返しながらまだ去らない夏を見つめている。


今日は朝に吉村昭の「死顔」を拝読した。
私がネタバレ嫌いな人間なのでネタバレしない程度に言うと、文章がとても好きだ。
淡々と人を見つめ書く文章には人への敬意が込められているように思う。

ここでネタバレ、というと人によって範囲が違うと思う。
私の場合は物語の核心というよりも、そこに至るまでの経緯も含めてネタバレだと思っているので、本の情報は出来る限り入れたくない気持ちがある。
まっさらなままで何も分からずに読むのが好きなのだと思う。
知らない世界を少しずつ読み進めるのが好きだからこそ、あらすじを読まずに読むことが多い。

だからなのだけど、私の読了の呟きはほぼ、中身に触れてはいるけれど、物語のあらすじにはならない感想になっている。
新しく読むかもしれない人に余計な情報にならないように祈りながら読了の呟きをするようにしている。

なので吉村昭の「死顔」については内容には触れない。それでも是非、読んで欲しい本のひとつだ。
文章の美しさ。物事をみつめるということ。
作者の人間に対する敬意。
私は拝読しながらそう感じた。

そうして外に出た私は、「死顔」の内容を反芻しながら歩いていた。
金木犀が満ちる。
星のような花の姿を探す。今日はいくつもの金木犀を見つけた日でもあった。
星が咲く週は雨が降るのだろう。
雨に濡れて落ちる金木犀は黒々としたアスファルトの上で小さな宇宙を作る。
まるで銀河のようにひろがる小さな花の上を歩きながら、その一瞬を記憶に刻みつける。

これが私の秋だと思う。

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