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声のトーンと顔の表情

 文だけのコミュニケーションというのは、その人が何を感じ伝えたいのかくみ取るのが難しい。声のトーンと顔の表情が文には無いから。
 とある批評企画の応援コメントに一文と「?」が書いてあったのを見て感じたことは、応援コメントを書いていただいた方は、自分のスタイル(やり方)に〔どうなん? この人?という〕疑問をもっているのではないか、ということです。
 今回、とある先生の作品の応援コメントに、作品の中に出てきた食べ物を使って将棋パロディを書きこみました。ベクトルが一人だけ違ったんです。その先生のファンからしたら、「どこの馬の骨だか知れないやつが本当に先生を応援してコメントを書いたのか?」と疑問をていし、言ったようなような気がしたんです。「?」はそういうに捉えました。
 本当のところはわからないんですよね。その一文が自分に向けてのものなのか、先生に向けての応援の文なのか、企画主催者に対しての評価・批評についてのものなのか。そこまでは読み取れません。
 何故こんなことをわざわざ近況ノートに書いたのか、それは、自分の過去のやらかしたことへの反省です。とあるコンペティションで1位と十何位かに入って調子に乗って騒いでいたら、次点で落ちた奴に「おめぇよ!わかってんのか!」とあわや喧嘩騒動になりました。よく知っている気前のいい奴だったんで、本当に自分の行動は軽率だったなと、強く感じました。だから、今回書きこんだ将棋パロディは先生のファンの方に無配慮だったのでは? と疑問が頭の中を巡っています。
 まぁ、今回、一番困っているのは返信コメントを書く主催者の方ですね。なんでかって、その1文でその方の意を汲みながら、否定をしない愛のあるコメントをしなければならない。主催者の先生、めちゃくちゃ賢いんですよ。どんなコメントにも、否定をせず丁寧に返信をする。そのスタイルを継続しながらコメントを書いていく。語彙力の乏しい自分にはできないことです。
 応援コメントを書くって、短い文だけど深いんですね。

3件のコメント

  • 気にしなくていいと思いますよ。
    多分、気のせいですし。

    確かに、遠まわしに揶揄するような輩はたまにいますけど、この手のひねくれた人間に配慮するのは時間の無駄です。つまり、

    ①気のせい
    ②配慮する価値なし

    どちらにせよ、気にする必要がないのです。
    この場合、適切か不適切かを判断するのは、作者の方ですしね。
  • サーシャ様、火乃玉様、ありがとうございます。考え過ぎなんですね。できるかぎり気にしないようにします。時間は限りあるものなので。
  • 犀川よう先生。
    ご意見ありがとうございます。
    段々笑いについてのハードルが高くなってきてる先生に、めちゃくちゃ面白いって言われたは嬉しいです。
    ツナマヨとマヨジャガの王手飛車で、会話が聞こえてきました。
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