前回の続きです。
このお話は、いずれ本編に掲載致します。
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聖王城から戻った私を出迎えたのは、突然の来客。
元聖王、マクシミリアンだった。
「な、な、な、なんであなたが?」
「お前がここに住んでいると、妻に聞いてな。用が済んだらすぐに帰る」
妻とは、元『調香の巫女』フローラのことである。
マクシミリアンは、ハルモニア元王妃と結婚する前からずっと恋人だったフローラと、先日ついに結ばれて、聖王都郊外の家で新婚生活を送っている。
「それで……私に何のご用ですか?」
「……お前に、謝りに来た」
「え……」
「フレデリック叔父上にも、セオドアにも謝罪を済ませた。これ、聖王都名物の『世界樹まんじゅう』、つまらない物だが」
「あ、おかまいなく」
律儀な元聖王は、『聖王都観光局』と大きく書いてある紙袋をエレナに渡す。
エレナは袋を持って奥に下がると、すぐにお茶と一緒に『世界樹まんじゅう』を一つずつ持ってきてくれた。
「それにしても、突然のご訪問、驚きました。お城に呼び出していただけたら応じましたのに」
「無礼かとは思ったが、城に呼び出そうにも、お前と会うことを許可しない|者《セオドア》がいるんでな。困っていたところ、妻が元情報屋の伝手を使ってお前の家を調べてくれた」
「フローラさんが……」
確かにセオは、マクシミリアンが私に会いにくることを絶対に許可しないだろう。
「妻は、お前に対してあまりにも色々なことをした。直接会うと怖がらせてしまうから控えると言っていたが、深く反省していると――代わりに謝罪を伝えてくれと言付かっている」
「そう、ですか」
確かに、フローラが目の前に現れたら、私はかなり警戒したと思うし、どんな態度を取ったかわからない。
なんせ彼女は、殺意こそなくとも、セオたちに毒を飲ませようとしたのだ。
突然目の前に現れたら、怒るか怯えるか――とにかく冷静ではいられないだろう。
まあ、正直、マクシミリアン本人が訪問してくるのもかなり心臓に悪いので、手紙とかでも全然よかったのだが。
私の気持ちをよそに、マクシミリアンはわずかに目を伏せて、話を続ける。
「余も、お前を聖王城の西塔に閉じ込め、政治的に利用しようとした。……すまなかった」
「……いえ」
短く返答をして、私は突如思い出した。
あの時、世界樹の下で初めてマクシミリアンと会った時の、憎悪のこもった冷たい視線を。
だが、今は憑き物が落ちたかのように穏やかな表情だ。
フローラとの生活や、フレッドや他の宰相たちとの話し合いを経て――孤独だった元聖王の心も、少しずつ癒えてきているのだろう。
「……では、そろそろ失礼する。突然、悪かったな」
「と、とんでもないです。……あの」
「なんだ」
「私、思うんです。謝罪が出来る方って、他者の気持ちを考え、他者を認めて受け入れることが出来る度量のある方なんだって」
マクシミリアンは、伏せていた目を持ち上げ、真っ直ぐに私を見る。
驚いたようなその表情は、ほんの少しだけセオと似ていた。
「私がファブロ王国で出会った貴族や商家の方たちの中には、絶対に謝らない、という人も多かったです。けれど、旅に出てから出会った人は、みんなちゃんとお礼も言うし、謝ることも出来る、素敵な方たちばかりでした」
地元の商家の息子、エドワードなんて、謝らない人間の筆頭格だった。
けれど、それよりも身分も高く人を導く立場にあったフレッドやメーア、ヒューゴ、そしてもちろんセオも……みんな、きちんと相手を見て、相手と誠実に向き合い、無駄に居丈高に振る舞うことはなかった。
それはきっと、相手に共感し、相手を敬う気持ちを持っているから。
上に立つ者ほど持つことが難しく、けれどおそらく必要な資質だ。
マクシミリアンも、聖王の座を降りてからいろいろあっただろう。
その中で身についた感覚なのかもしれない。
だがとにかく、最初に想像していたほど悪い人ではないのだと、私は今の彼を見てそう感じたのだった。
「マクシミリアン様、わざわざこちらまでご足労いただき、ありがとうございました。お二人の謝罪、受け入れさせていただきます」
「……そうか」
マクシミリアンは満足そうに頷き――初めて、肩の荷が降りたように、ふっと笑った。
私が謝罪を受け入れたことで、マクシミリアンともフローラとも、正式に和解が成立したことになる。
……セオはどう考えているのか分からないが、私自身、これから親戚になる人たちに対して軋轢を残したくなかった。
「感謝する」
マクシミリアンは頭を深く下げ、私とエレナの住む小さな家を後にしたのだった。
後日。
マクシミリアンの訪問があったことをセオにを話したら、案の定ものすごく心配された。
護衛の騎士を家の前に派遣されそうになったのだが、逆に目立ってしまうということで――どこから引っ張ってきたのか、代わりに手乗りサイズの、ミニチュアみたいな騎士の妖精さんたちが数人、家に住みつくことになったのは余談である。