このお話は、いずれ本編に掲載致します。
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デビュタントボールを終え、セオが私を迎えに来てくれてから数日。
私は聖王都の城下で、エレナと一緒に小さな家を借り、新生活を始めていた。
セオとの婚約式も済んでいないから、今はまだ聖王城で暮らすことは出来ない。
客人用の部屋を用意してもらうことも出来たが、私はそれを断った。
聖王国の市民の生活を知りたかったからだ。
フレッドたちによる改革もあって、王族が無条件で政治に関わることはなくなったものの、これから暮らしていく国のこと、街のことを知っておきたかった。
「本当にたくさんの妖精がいるのね。人より多いっていうのは、大袈裟じゃなかったんだわ」
「ええ。聖王都を満たす世界樹の魔力に惹かれて、妖精たちが集まってくるのですよ」
これから、エレナと買い出しに行く所だ。
借りた家に必要な家具はそれなりに揃っていたが、生活必需品がまだ揃っていない。
南門の近くにある商店街を目指して、私とエレナはのんびり歩いていく。
『フルルい〜そげ〜♪ フララはじま〜る♪』
「あら、歌う果実さんたち、こんにちは。新しいレパートリーが増えたのね。初めて聞く曲だわ」
「こ、この曲はっ! お嬢様、急ぎますよ!」
「えっ? 何?」
「商店街でタイムセールですよ! あの妖精は商店街の広告塔も兼ねていて、セールが始まる時間になると、一斉にあの曲を歌い出すんです!」
そういってエレナは私の手を取って、早足で商店街へと急いだのだった。
聖王都の市民生活、奥が深い……。
しばらくして。
商店街に着くなり揉みくちゃになり、タイムセールの洗礼を受けた私は、ぼろぼろに疲れ果てていた。
隣を歩くエレナは逆にホクホク顔だ。
「ふぅ、お肉とお野菜は安く買えましたが、お魚の安売りには間に合いませんでしたね。まあ、アワダマも一割引きで買えましたし、上々でしょう」
「す、すごかったぁ……やっぱり妖精より人の方が多いかもしれないわね……」
「お嬢様は買い出しに出たことありませんものね。申し訳ありません、付き合っていただいて」
「一緒に行きたいって言ったのは私なんだから、いいのよ。良い経験になったわ。エレナ、いつもこんな苦労をしていたのね……本当にありがとう」
「あはは、こんなの苦労のうちに入りませんよ。ですが、そうおっしゃっていただけると、使用人一同、報われますよ」
エレナはニコッと笑った。
あれだけの戦いをしておいて、疲れを見せないこの笑顔。荷物をたくさん抱えているのに、その足取りに重さも感じられない。
まさに歴戦の勇者である。
「あら、明日は雨みたいですね」
「どうしてわかるの?」
「ほら、あそこ。窓のあたり、妖精が飛んでいるのが見えますか?」
「えっと……てるてる坊主が窓に下がって……え? 飛んでる?」
「あの妖精は明日の天気を教えてくれるんですよ。薄い青色ですから、明日は弱い雨です。晴れの時はオレンジ、曇りは灰色、雪の時は白。あと花の石が降る日は黄色、水晶の雨が降る日は紫色、妖精の火が降る日はピンク色に……」
「な、何が降るって?」
「ん? 一気に説明しすぎちゃいましたね。とにかく、明日は雨ですから、今日のうちに買い出しを済ませてしまって良かったですね」
聖王国の気象状況についても勉強する必要がありそうだ。
買い出しの荷物を置いたら、聖王城の図書室に行って、本を貸してもらおう。
*
「あれ、パステル?」
私が聖王城の図書室で本を探していると、入り口から声がかかり、私の鼓動は跳ねた。
突然訪ねて来てしまったから、会えるとは思っていなかったのだ。
私が振り返ると、セオは甘く微笑んで、近くまでやって来た。
私もすぐさま笑顔になり、本を抱えたままセオの方を向く。
「セオ、会えると思わなかった」
「僕もだよ。本を探しているの?」
「うん。聖王国について、色々知りたくて」
「そっか。持っているのは……妖精図鑑?」
「ええ。あとは、聖王都のガイドブックとか、そういうのがあればって思ったんだけど……さすがにお城の図書室にはないよね」
「そうだね。ガイドブックなら、南門の近くにある案内所に置いてあると思うよ。地の神殿を訪ねてくる人用に、作ってるはずだから」
「そっか、今度行ってみる。ありがとう」
「あ、それと、妖精図鑑だけど……こっちの方がわかりやすいかも」
そう言ってセオは、本棚の一番下の段に入っていた、可愛らしい装丁の本を取り出した。
私に見えるように、本をパラパラとめくっていく。
「パステルの持っている本には、細かい生態とか魔力の性質とかが載っているんだ。けど、最初に読むならこっちの方がいいと思う――イラスト付きで、要点だけまとまってるから」
「本当だわ。ありがとう、すごく助かる」
セオの言う通り、とてもわかりやすい図鑑だった。
私が持っていた図鑑にはイラストはほんの少ししかなくて、びっしり書かれた文字で埋まっていたが、セオの見せてくれた方はイラストと文章のバランスが良くて、読みやすそうだ。子供向けの図鑑なのかもしれないが、初心者にはちょうど良さそうである。
私はセオにお礼を言って、本を受け取った。
「僕、図書室にある本はほとんど読んだから……何か探してるものがあったら、聞いて」
セオは目を細めて、微笑む。
私も微笑み返し、そのまま見つめ合っていると、入り口で控えていた従者が、困ったように声をかけてきた。
「セオドア殿下、そろそろ……」
「……僕、もう行かなくちゃ。パステル、またね」
「うん。頑張ってね」
セオは名残惜しそうに図書室を出ていった。
私は思わぬ邂逅に心がぽかぽかするのを感じながら、椅子に座って妖精図鑑をめくり始めたのだった。
*
気がつけば、図書室には西陽が差し始めていた。
セオの薦めてくれた本が面白くて、ついつい没頭してしまった。
私は本を棚に戻すと、城の出入り口へと向かい、帰路へとつく。
「お、お、お嬢様ー!!」
「……エレナ? どうしたの?」
家に着くなり、エレナが珍しく取り乱してパタパタと玄関まで迎えに来た。
ずっとロイド子爵家のメイド長として働いてきた彼女を見てきたが、こんなに慌てている姿はお目にかかったことがない。
「あの、突然、お客様が……」
「お客様?」
「と、とにかく来てください」
エレナの後についてリビングに向かうと、そこにいたのは――
「遅かったな、虹の巫女」
――前聖王、マクシミリアンだった。
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長くなってしまいました!
続きは明日、投稿致します。