ダニエルとマリーナの仮寓している家にて、マリエルが顔を出していた。
地球と異世界という遠く隔てた場所ではあるが、渡の家から移動するのには、二十分ほども歩けば着くことができる。
渡が会えるうちに会った方が良いと強く勧めてくれたこともあって、マリエルは両親と頻繁に顔を合わせるようになっていた。
おかげでマリエルは一緒に食事を取ったり、南船町を散策したりとゆったりとした時間を過ごすことができた。
社交と勉学のために王都に進学したマリエルにとって、その後に奴隷になったことも合わせ、長らくぶりに、ゆっくりと家族団欒のひと時を過ごせた。
モイー卿の下で働く両親は、かつて領主として働いていたときよりも、むしろ血色が良くなっていた。
荒廃した領地を立て直すために心労を重ねていたのが分かる。
マリエルが手づからハーブティーを注いであげると、ダニエルもマリーナもとても喜んでくれた。
「とても美味しいよ。マリエルにお茶を淹れてもらう日がまた来るとはな」
「そうですね。あなたとマリエルと、こうして食事を取って、また出かける日が来るなんて、わたくし諦めていましたから。モイー卿とワタルさんには感謝しています」
「で、マリエル……あー、そのだな」
「どうしたの? 父さんがそんな言いづらいことって、何か困りごと?」
「ふふふ、そうじゃないのよ。この人ったらね、ワタルさんとマリエルの仲について心配してるのよ」
「おい」
「あらごめんなさい」
ダニエルがじろっとマリーナを見たが、堪えた様子はない。
それどころかニコニコと幸せそうに笑みを浮かべていた。
「その、君の主人のワタルさんがいい人だというのは良くわかった。その……ひどいことはされてないか?」
ダニエルの言葉が不明瞭になった理由が分かった。
夜のことを聞かれているのだ。
白い肌を上気させ、マリエルは言葉を選んだ。
「大丈夫、だよ。その、そっちの方も、ちゃんと優しくしてくれてるし……とっても上手だと思う」
「あらあら! そうなのね」
「うん。ご主人様は私の相手をする時いつも激しいけど、優しくて、耳元でいっぱい囁かれたりすると、ぞくぞくってして……。最後は奴隷なのに我を忘れちゃって大好きとか、愛してるって叫んじゃうの……」
「むむむ」
ダニエルが難しい表情で唸り、マリーナがにわかにはしゃぎ始めた。
「だが、彼は他にも奴隷がいただろう。とっかえひっかえする、好色な人間なのだろうか」
「甲斐性があるなら良いじゃないですか」
「だがだね、数が増えれば閨閥ができたり、不満を持つ奴隷も増えると言うじゃないか」
「お父様、私は大丈夫です。安心してください。……ちゃんと、全員が満足してるはずです」
「そ、そんなに性豪なのかね」
「不和の原因を作りたくないって、薬師ギルドで媚薬とかも買って……飲んでるの」
「まあまあ!」
「そ、そこまで覚悟があるわけか……」
なんでこんな報告を両親の前でしないといけないんだろう。
あまりの恥ずかしさに目を合わせられず、ドレスの裾を指でもてあそぶ。
羞恥心に身悶えしながら、できるだけぼかして、マリエルは問題のないことを伝えた。
「あらー! ほら、娘にこんな事を言わせて。さあマリエル。お父さんのことは置いといて、わたくしと話しましょう。ね、学園から帰って、将来を約束する人ができてから教えようと思ってたことがあるのよ」
「はい?」
閨の技術を喜々として伝えようとするマリーナの態度に、ダニエルは渋面を浮かべながらも、黙認するしかなかった。
こうして面会が叶っているだけで、どれほどの温情か分からない人間ではなかったから、感情はともかく、理性は黙って見ていることを強いていた。
「……ええ、まあ胸はご主人様も好きで。え、そ、そんな所を!? え、でもそこは入ら、うわあ。慣れるんだ……。え、娼館スライムを使って綺麗で敏感にしておく? そんな!? え、付与の道具にそんな使い道がっ!? わ、私が嘗めることもあるんですか? はあ……男の人の弱点……」
「ぐぐぐぐぐ……娘を救ってくれた恩は認めるが……」
「ええっ。く、栗に紋を……で、でも私は奴隷だし……仕方ない、のかなあ」
大切な愛娘を、自分の失敗で失ったダニエルに言う権利はないと重々承知しつつ。
それでも娘を夜な夜な抱いているだろう渡を、一発殴りたいと思うダニエルだった。