近況ノートをそう更新するものではないが、前回から一ヶ月は経過している。
魔王軍に骸骨騎士を出すというのは決まっているが、騎士道の世界観に兵法というのがないのでビックリしている。集団戦VS集団戦なのはまぁそうだが、ドリフターズのスキピオとハンニバルの時代がおかしかっただけかもしれない。騎士は夜戦や奇襲をしない。織田信長の桶狭間の戦いは西洋では出来た事が無い。そもそも源義経からそうだが、崖を馬で駆け下りる発想が無い。源義経のそれやった時の平家の布陣は崖を安全圏だと思っていたかららしい。ジャンヌ・ダルクの戦いは貴族社会や王族社会のする事ではない画期的な戦術があったが、庶民に戦略の話をしても分からないだろうし、そういう理解は無かったのだろう。
魔王軍との合戦という形になったというので話を進めていきたいのだが、実際ネタにしたいネタが無い。騎士にも騎兵で一騎打ちも乗馬に槍を持ってしていたとかトーナメントは実際にあったとからしい。女騎士は歴史上ではいなかったらしい。
まぁゲームやアニメや漫画による女性の社会進出な面もあるという事だろう。戦闘美少女は本来、戦場が女性の参戦は無いのにフィクションに多いジレンマから生まれたからファリック・ガールとかとんちき理論が繰り出されているらしい。
女性が戦闘する、それが好意的に溢れる。美少女戦士セーラームーンやプリキュアはある。キューティーハニーやデビルマンレディーもある。
男性っぽい、男性を模倣した部分がある。ちんこがついた女、厳密には光月おでんに憧れて男らしくなろうとしたONEPIECEのヤマト以外には当てはまらないと思っている。池袋ウエストゲートパークではちゃんとオナベの性転換の話もある。
fgoでは巴御前は鬼化、混血扱いらしい。Wikipediaの怪力女は欄凄かったのにな。井伊直虎は政治家としての側面が強く、戦国BASARA4とか戦国無双ではちゃんと戦っている描写はあるらしい。
現実でも強姦魔による凌辱の被害の多さはある。護身術も逃亡を主眼にしていたりする。スタンガンや催涙スプレーは強い女性像とは違ってくる。
ワンダーウーマンやキャプテン・マーベルは強い女性像としては確立している。
ポリコレ疲れという話もある。女らしさ、妻らしさ、母親らしさ、そこから解放された女性像は本当に社会的に政治的には正しいんだろうなぁ。
子育ての放棄とかそういう話はしないで新しい家庭像と主夫や夫の家庭や育児への参加、そういう話もある。夫らしさが失われている危機感というのもある。女性らしさは卒業してもいい傍ら、男性としての役割は取り残されている。メンズリブの失敗はルサンチマンに繋がり、男性陰謀論者を増やしている。政治家やエリートが意図的に貧困化を進ませているというのは考えられない。あくまで政策の失敗、天才達の愚行、それでは陰謀論は盛り上がらずルサンチマンの悪玉化も難しい、古き良き家庭像になれば良いという意見もある。
良妻賢母、母性の良質、悪質、日本には源頼光(女体化)や殺生院キアラもいる。藤崎竜版の封神演義の妲己は太母になった。母性からの庇護欲は新しいヒーロー像になり得るとは思うが、現実のポリコレは母性の変質と変異が主題なのだ。
ポリコレがないとスーサイド・スクワッドにカタナは出演せず、ウルヴァリンサムライやショウグンは無かった。日本刀も中国刀や韓国刀みたいだと解釈されたままになっていたかもしれない。ニンジャスレイヤー等のニンジャ愛好、NARUTOで飛躍的にニンジャは外国人に知られるようになった。ポリコレの女性像は女らしさからの卒業なので、可愛いとか美しいとは真逆になってしまう。性的魅力を抑えたキャラクターも多くなる。
日本の漫画はこの薬をぶちまけた感じにはなっていない。薬も過ぎれば毒になるという感じだ。
BLEACHの久保帯人先生は呪術廻戦に好みの女性はいないと言ってたりする。呪術高専の設定で女戦士を育成するが井上織姫との違いを生み出した側面はあるし、禪院真希や釘崎野薔薇は攻撃的でフェミニズム的な感じもする。性的魅力が欠けていると言えばそうかもしれないし、破面(アランカル)、ハリベルのような女性呪霊というのは作中登場しなかった。家入硝子は人生に疲れたダウナー系で、高校時代から愛煙家として気を紛らわせていた。冥冥は斧使いで呪術師としての実力だけとは違う形になっている。一理あるんだよな。
かといって呪術廻戦の女性達も好きだと言いたいが、やっぱり根っからの美女はいないと思う。
ルッキズムと言われようがリアリティの問題だ。
宇崎ちゃんは遊びたい!の宇崎ちゃんが性的搾取としてフェミニストは炎上したが、巨乳を衆目に晒すなは現実の女性達の色気や性的魅力を出すのを抑圧する事になるかもしれない。風紀委員的な態度に全否定というのもよくない気がする。
ポリコレはPTAの亜種と偏見を持たれたりする。
これ以上話すとろくな事がないので割愛する。