(19years of age)
「レナートはいいよねぇ……人生楽勝って感じでさ」
いつものようにセレスティーアの執務室でさぼっていたシルヴィオが、自分専用だと運び入れたソファーに寝転がってそんなことを口にした。
彼の母国であるスレイランとの小規模な戦闘、砦への襲撃といったことが続き、精神的に参っているのだろうか……?と報告書から顔を上げたセレスティーアは、(あ、違うな)と即座に顔を報告書へと戻す。
「人生……楽勝?」
「うん。楽勝でしょう?」
態々セレスティーアがシルヴィオの相手をする必要はない。
今この執務室には、王都から戻って来たばかりのレナートがいるのだから。
「楽勝だと思ったことなど一度もないが?」
「無自覚なのは罪だよね」
「どういうことだ?」
喧嘩なら買うぞ?と眉を顰めて低い声で威圧するレナートに、「怖い怖い」とシルヴィオは心にもないことを口にして笑う。それを聞きながら報告書を捲っていたセレスティーアは、今日のシルヴィオの暇潰しはレナートかと肩を竦めた。
「先ずは、その容姿だよ」
「……容姿?」
「軍学校に通っていたときは可愛らしい顔立ちだったのに、成長したら男らしくて端正な顔立ちってさ、ずるいよね」
「ずるい、のか?」
「私もそれなりに綺麗な顔だけれど、女性にうけがいい顔とは違うんだよね。レナートは顔だけで女性を落とせるくらいだし」
「……それは、いいことなのか?」
「いいことだよ!だってセレスは、レナートの顔が大好きなんだよ。ねぇ?」
「あぁ、そうだな」
「ほら!」
「……す、え、だいす……え」
「あ、レナートが壊れた」
まだ幼かった頃は天使だったが今は女神であると、そんなことを思いながらシルヴィオの問い掛けに返事をしたセレスティーア。昔からレナートの顔に弱いということを本人は自覚しているので、何も問題ない。
「それとさ、その背丈だよね。たった数年でそこまで伸びなんて、誰も予想していなかったよ」
「これは努力の賜物だろう?」
「あのね、努力して背丈が伸びるなら、今頃ビリーは、こーんなだよ!」
シルヴィオは怪訝な顔をするレナートを鼻で笑い、ソファーから起き上がって爪先で立ちながら片手を上げ、「もっとかな」と呟いている。
それを横目で見たセレスティーアは、そんな大きな男などいない……とふっと笑い、書類へ判を押す。
「私やビリーだってセレスより背丈が高くなりたくて、肉もミルクも摂取し続けてきたのに、そこまで大きくはならなかったんだよね……」
「それは俺にはどうにも」
「あと、それ!」
「……は?」
「その話し方。僕って可愛らしく話していたのに、いつの間にか俺様になっているし」
「僕って、いつの頃のことを言って」
「絶対、昔とはまったく違う姿を見せてギャップを狙っているよね」
「いや、軍と騎士団で生活をしていたら、こうなるのでは?」
「その軍人と騎士を両立しているところもずるいんだよ。できる男だと見せつけられるビリーの身にもなってほしいよねぇ……はぁ」
「……」
「あとは」
「まだあるのか……」
「え、その体格にも物申したいよね?どれだけ鍛えたらそんな彫刻みたいな身体になるんだか。セレスだって羨ましいよね?」
「羨ましいな」
「……え」
当然だとばかりに力強く頷いたセレスティーアは、どれだけ鍛えてもレナートのように彫刻のような身体にはならなかったのだ。ニック大佐からは性別が違うのだから諦めろと言われているが、羨ましいものは羨ましいのだから仕方がない。
「ほら、顔も身体もセレス好みなんて、人生楽勝だよねぇ」
「この……っ、え」
「あ、また壊れた」
シルヴィオがさぼっていることに気付いたセヴェリーノが執務室に乗り込んで来るまで、レナートはずっとシルヴィオの暇潰しに付き合うことになるのだが、これが彼等の日常なので、セレスティーアは気にせず書類仕事を続けるのであった。