• 異世界ファンタジー

◆「カミサマの玩具箱SS」アオバ+エルシア

※思いついた短い短いお話。アオバとエルシアの本婚約が決まった日こと、収穫祭の話です。
 差し込み場所が分からなかったので、ここに置いておきます。
 ここに至るまでの本編はコチラ→https://kakuyomu.jp/works/1177354054889568448
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 まだ中立協会が設立途中の頃。

 アオバは昏睡から目覚めて初めて収穫祭に参加していた。煌びやかな会場では、適した装いの男女が楽し気に踊っている。

 それを、テラスから窓越しに眺めていた。両足とも膝下に麻痺が残るアオバは踊れないから、というのは建前で、最も大きな要因は、アオバの片腕を補うように右側に立つエルシアにあった。

 片腕片目に車椅子というアオバを初めて見た貴族の──今も尚、踊りながら視線の端にこちらを捉えて含み笑いをしている──奇異な物に向ける不躾な視線。エルシアはそれに腹を立てていた。

 『見目だけでこの人の全てを判断するなんて』と。普段なら愛らしく思って胸が苦しいのだが、この場ではそればかりを感じてもいられなかった。

 ほとんど同じだけエルシアに向けられる、『生涯をこんな奴の世話に費やすのか』という憐れみの目と、胸元の傷を見て合点がいったと言いたげな顔をする人々にアオバも快く思えず、御使いらしからず表情に出てしまいそうで、二人そろってテラスに出たのだ。

 ユラは守護者としての仕事、ペルルは一応会場には来ているが、遠くの方で王妃と取り巻きに囲まれており、嫌な視線を感じにくい場所に置いてもらってよかったかもしれない、なんて頭の隅の方で思いつつ、肌寒さから口を開く。

「ちょっと冷えますね」
「ええ。頭を冷やすには丁度良いですわ」
「ははは……」

 こちらに怒っているわけではないのだが、エルシアはツンケンとした態度を滲ませて返し、大人げなかったと思い直したのか、手すりにもたれかかって小さくため息を吐いていた。

(客観的に見て……王族の直系子孫のリコルさんに誰よりも近かったのに、わざわざ上位の王位継承権を捨ててまで嫁ぐ先が、僕みたいなのなら色々思うところあるよな……)

 この一年、ずっと心待ちにしていたこの日だというのに、棒に振る彼女を止められないままアオバはぼんやりと思う。

 こちらを嘲笑う貴族連中に同調するのもいかがなものかとは思うが、事実だ。精霊に婚約の是非を問う踊りだけ済ませてさっさと帰りたいのだが、現状ではどうにもなりそうにない。

 ちらりと隣にいるエルシアに視線をやる。ガーネットいわく流行りらしい、胸元や背中が大きく開いた深緑から淡い黄緑のグラデーションがかったドレスには、細やかな黒い刺繍が施されている。一見して身体のラインが分かる締まった印象だが、踊ることを考慮して作成されており、動くと裾がふわりと広がり目に楽しい仕様だと、これまたガーネットが力説していた。

 シンプルながらも当人が持つ華やかさが映えて見惚れてしまう衣装を身にまとった彼女は、何か考え事をしていたのか、一拍遅れてこちらの視線に気づいて顔を向けた。

「……どうかされまして?」
「あっ、いえ……。折角綺麗なドレスを新調したのに、もったいないなぁって」

 数か月前までの浮かれた彼女を知っているだけに、素直にそう思う。経験はないが、まるでウエディングドレスでも選んでいるかのように、嬉し気にあーでもないこーでもないと言っていたのに、お披露目の場がこれでは本当にもったいない。

「って……まあ、僕のせいですね……」

 それもこれも、アオバがあちこち怪我をしないように慎重に生きていれば、丸く収まった話だったなと思い出し、動きの鈍い左手で頬を掻いた。

「すみません、本当に」
「気にしないでくださいませ。どのみち、王族を離脱する身ですもの、精霊の審査も不要ですわ」

 その言葉には概ね同意したいが、強がりだと分かるせいで余計申し訳なくなってしまって、だけど『他の人と踊ってきたら』とも言えずに口を閉ざす。

 そんなことを言って本当にアオバから離れてしまうのは嫌だ。ほんの一年前ならおそらく『僕と一緒にいるよりも幸せになれる可能性があるから』とかなんとか言っていただろうが、今となっては口が裂けても言えない。それぐらい、この一年丁寧に大切に想われてきて、絆されていた。

 窓越しの曲が変わる。少しずつ催しの終わりが近づいてくるのを感じて、エルシアが少しずつ落ち込んでいくのが見て分かり、居た堪れない気持ちになる。

「踊りたかった、なー……」

 素直な思いを口にできないエルシアの代弁をする。即座に否定が入らなかったということは、間違ってはいないのだろう。

 誰も彼にも認めてくれとは思わないから、せめてエルシアが望む、婚約を精霊に見てもらうぐらいはしたかった。そうして婚約が正式なものになれば、エルシアはこれまでのように不安がることなく、笑ってくれるだろうに。

「せめて足だけでも無事だったら、って……考えちゃいますね」
「私は……そうは、思いませんわ」

 言うか迷った様子で、エルシアは風で掻き消えそうなほど小さな声を絞り出して言った。不安そうに目を伏せて、言葉少なに溢した彼女の気持ちを正しく受け取る。

「貴方と、手と手を取り合いたいだけですよ」

 エルシアから離れて行ったりしないよという意図を込めて伝えれば、彼女はじわじわと頬を紅潮させて、堪えきれずに口元を緩めた。

 「そ……そうですわね。ですが、それなら、こうして片手でも……」

 触れ合うだけなら今だって十分できるでしょう。とばかりに彼女はアオバの手を取った。指先から伝わる熱さが妙に懐かしくて、屈んだ彼女の香りがいつもより強く感じた気がして、触れ合う手をまじまじと見つめた。

 そこにないはずの右手があった。正確には、月明かりで白い輪郭を帯びた半透明の右手があった。

「……え」

 己の意思に沿って動いた半透明の指が、エルシアの細い指に絡む。感触がする。かつてあった手と同じように、痛覚が存在していて、彼女に触れているという実感を得ていく。

 思わずエルシアと顔を見合わせる。普段より鮮明に見えたエルシアに緊張していると、会場の方からもわぁっと歓声が上がった。

 顔を上げてそちらを見やれば、男女問わずがアオバの右手のように半透明の装飾で彩られ、特に女性陣はその場でくるりと回って見せて月明かりでそれがキラキラと光るのを見て喜んでいる。

 そこでようやくエルシアがハッとした顔になった。

「聖夜の奇跡……」
「え、えっ。なんですか、それ」
「月の精霊が、収穫祭の夜にだけ見せる奇跡ですわ……ただ、去年までは夜がありませんでしたから、すっかり忘れていましたが……」

 エルシアいわく、人間が準備した収穫祭を見て喜んだ精霊が気まぐれに見せる、国全域に及ぶ幻の事をそう呼ぶらしい。ここ十年はラピエルの一件で夜が夕暮れで止まってしまっていた為、夜にのみ活発になる精霊たちが収穫祭に奇跡を見せる事は無くなっていたそうだ。今年は夜の精霊たちにとって、久しぶりの収穫祭で張り切っているのかもしれない。

「え、でも。幻の割には、ちゃんと触れているような感覚がしますよ。それになんか、いつもより──」

 ふと思い立って、左目の眼帯を押し上げる。

 見える。眼球が無いはずの左目から、視覚情報が送られてきて、さも両目でエルシアを見ているかのような感覚だ。

(あれ、もしかして)

 腰から下に力が入る。麻痺していて動きようのなかった足が、きちんと意思に沿って動かされる。足の裏に床の感触を捉え、おそるおそるいつかの感覚を思い出しながらやや前のめりになれば──立つことが出来た。

 数秒、アオバとエルシアは二人揃って足元を見つめていた。遠くに歓声を聞きながら、視線を上げる。いつもは座った姿勢から見上げてばかりのエルシアの顔が、今日は目線より下にあって変な感じがした。

 朧気な輪郭のベールが彼女の頭にかかる。不安気な表情を浮かべた彼女を気遣うよりも前に、ああこれはきっと精霊との結びつきが強いから直接五感に作用しているのかもしれないだとかの考察も端に寄せて、身体が動き、エルシアを抱きしめていた。

 背中に回した両手が冷えた肩に触れる。たったそれだけのことなのに、蓄積していた小さな不満や我慢が充足されていく。

「……ずっとこうしたかった……の、かも」

 いまいち確証が持てないまま思った事をそのまま口に出すと、腕の中で固まっていたエルシアが小さく噴き出した。名残惜しさを感じながら少しだけ腕の力を緩めると、エルシアが顔を覗かせる。

 額を寄せ合い、もう互いに何を望んでいるか知り尽くしていながら、彼女は順序立てたいだろうと察し、アオバもそれに応えた。

「この奇跡を受けられただけで、ここに来た甲斐がありましたね」
「ええ。……ですが、奇跡は一夜限り。私の手を一番に取ってくださいますか」
「喜んで。──ああでも、出来ることなら……」

 手を取り合って、同時に願いを紡ぐ。

 ずっと、こうして両の手を取り合えたならいいのに、と。

 片や一度っきりのデビュー以降壁の華で、片や社交界なんてものとは無縁な生まれで、慣れない動きに四苦八苦するのも、窓越しにこちらを見て驚いた人々の目も憚らず互いに見つめ合っては笑った。そうしてこうも思う。願いが届かずとも、二人で過ごせるならそれで十分だ、と。

 ……収穫祭が終わる頃、第一王子のセリオスが二人に声をかけにテラスを訪れた。

 彼は車椅子から立ち上がり、欠損していたはずの何もかもを月明かりの下でのみ取り戻していたアオバを見て少し驚いた様子だったが、「奇跡だねぇ」と一言溢して納得した様子だった。

「婚約を認めるってさ。聞かせてやりたいぐらいの、大討論だったよ」
「えへへ、よかった」
「ん~? 思っていたより、薄い反応だな?」

 にやけが押さえきれないままで薄い反応だとは、一体どんな喜び方を期待されていたのか知らないが、アオバはエルシアと顔を見合わせて微笑んだ。

「分かっていましたから」
「ええ。当然の結果ですわ」

 ね。と、同意を求めて小首を傾げるようにしてこちらを見上げたエルシアに頬を寄せた。いつか憧れ慕った王子様ではなく、こちらを意識してもらえるように。

「例え精霊が認めなくたって、僕は貴方の傍にいましたよ」
「!」

 アオバが言いたいだけの言葉は、彼女にとっても欲しかった言葉だったようで、照れていいのか王子の手前取り繕うべきか、真っ赤な顔で悩むエルシアをもう一度抱きしめた。

 アオバはその日の奇跡を何度となく昨日の事のように思い出すのだ。まるで大きな成果を上げたみたいに誇らしげな彼女を、何百年経とうと忘れないように。



「御使い様は奥様の事を本当に愛しておられるんですね」
「でもねぇニクス、聞いてるこっちは小っ恥ずかしくて……親の赤裸々な恋愛話とか聞いてられないですからね……」

 息子の気苦労は、また別の話。

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 二人の収穫祭は大体こんな感じでした。アオバはいつエルシアに惚れたの?という質問には、「そもそも好みにガッチリはまっていたエルシアに、頼られたり甘えられたりしている内に大事になっていた」という状態なので、これ!というエピソードは無かったり。
 ちなみにアオバとエルシアの息子の名前はまだ決まっていません……ニクスが大きくなる頃には決めておきたいですね……。

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