6章17話(没)
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記憶も姿も失われて久しい。
彼の人間への関心はとっくに失われていた。
人間への期待もない。
醜さへの嫌悪もない。
暗い部屋でうごめく彼に、石を投げ、罵声を浴びせる人間たちへの怒りすらもない。
ただ、哀れみのみがあった。
清らかな人間は存在しなかった。
どれほど清廉とうたわれる人間も穢れを隠し持ち、彼を見て悲鳴を上げた。
あるいは、まだ人の形を保っていたころは、親切にしてくれた人間もいたのかもしれない。
だけど彼の姿が失われたときには、そんな人間も消えていた。
長い間彼とともにあったのは、彼を捨てた人間たちが生み出す無数の呪詛だけだ。
人が人を疎む声。
他人を羨み、憎む声。
自分ばかりを愛し、他のすべてを呪う声。
その身勝手な声にさえ、かつての彼は哀れみを抱いていた。
――いや。
哀れみしか、抱いていないはずだったのだ。
――気持ち悪い。
そう思うようになったのは、いつからだろう。
人間の穢れを疎み、身の内の穢れを恨み、拭い去りたいと思うようになったのは、なぜだろう。
――気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
心の底から、止まない嫌悪の声がする。
穢れなど捨ててしまえと、彼自身が急かしている。
重すぎる穢れは、神の在り方さえ変えてしまう。
すでに限界を超えた今、悪神に堕ちる前に穢れを手離すのが正しい選択なのだろう。
――わかっている。
今の彼は間違っている。
エレノアと日々を過ごすほどに、気持ち悪さは増していく。
彼女の存在は、嫌悪と呼ぶほかにない。
彼女へ抱いた感情は、神(かれ)の過ちそのものだった。
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17話の冒頭に入れるつもりだったけど、ふわっふわの曖昧な文章になってしまったので没。
神様の内心、矛盾抱えまくってるから書くのすごく難しい……。