1️⃣北部
エクリプス大陸の北部を占める国は、イラヤ連合王国と呼ばれる。紀元十二世紀の時点で、高原の都を中心に海岸・密林・草原を束ねる緩やかな同盟である。赤道直下の陽と雨に恵まれ、金緑の森と霧の高原、増水と乾きをくり返す大草原が一つの国のうちに共存している。
首都はスアパ。冷涼な雲の層が流れるスアバ高原(標高およそ2,600m)に広がる石造の都である。塩と翠玉を治める王サヤがここに即位し、満ち欠けと日蝕を観る祭祀暦に従って評議を開く。都は段々畑と用水路で囲まれ、夜になると高原の冷気が運ぶ香草の匂いが家々の炉から立ちのぼる。
国土の西縁には濡れた黒い稜線、ウンブラ山脈が走る。山稜の向こうは豪雨の海岸で、河口の入江にタルメ港が築かれ、香辛料、乾魚、バルサ木の筏が集まる。北の外洋岸には珊瑚礁と入江が連なり、独立気質の舟人たちが塩と貝紫を扱う。東は見渡すかぎりの大草原で、国を二つに割る大河オルハナが雨季に溢れ、乾季に砂州を晒す。南東は黒い水鏡のような密林で、樹液を滴らせるゴム樹と香る樹脂が採れる。
人々は土地の相に応じて暮らす。高原のスアバ人は塩の洞と翠玉の谷を守り、編布と金細工を得意とする。東の草原のヤリコ人は雨を読む遊動の牧と狩猟の民で、増水期には高床の集落に移り、乾季には葦舟で砂州を渡る。北岸のカルナ人は外洋を怖れず、帆を張った丸木舟で沿岸交易を主導する。西の雨林に住むタラマ人は川の道に通じ、彩羽と香の道具で他域と物々交換を行う。
イラヤの富は「塩・翠玉・可可(カカオ)」の三品に象徴される。山腹の塩洞から切り出す岩塩は保存と祈祷に欠かせず、高原から草原・海へと運ばれる。翠玉は高原南麓の暗い谷で採れ、黒い頁岩から摘み出される深緑は神婚の首飾りとして珍重される。可可は東の森と湿った低地で育ち、焙じた香りは祭の苦き飲み物となる。ほかに金砂、綿、唐辛子、アナトー、藍、蜂蜜、乾魚、甲殻、香木、樹脂、バルサ材、高原の芋と豆、雲の段々畑の穀が主要な産である。
気候は赤道直下の多雨と、季節風に左右される明瞭な雨季・乾季が作る。西岸は年中雨脚が強く、川霧が森を白く満たす。高原は日中温和で夜は鋭く冷える。東の草原は6か月ほど豪雨に沈み、残る月は風に草が鳴る。海沿いは潮風が暑気を和らげ、入江のマングローブには塩の香りが満ちる。年ごとに「影潮」と呼ばれる気の巡りがあり、ある年は河が暴れ、ある年は群雲が途切れると言い伝えられている。
政治は「連合王国」の名のとおり、スアパのサヤを頭としつつ、海・山・草原・森の各域を代表する4人の大酋が「双環評議会」に列座する仕組みである。徴発は道普請と堤の修繕、祭礼と戦のときの人夫が中心で、恒常的な軍隊は少ない。戦の際は、投石紐と槍、葦の長弓、黒曜の刃を嵌めた木剣、厚い綿鎧と籐盾が用いられる。高原ではリャマに荷を負わせ、峠には縄橋がかかる。大河と運河は丸木舟の列で結ばれ、塩・翠玉・可可の束が静かに国土を巡る。
信仰は太陽の女神ソラと月の王ルマの二柱を中心とし、日蝕は両者の神婚であると解される。王の即位は蝕年の白夜祭に合わせ、塩と翠玉と可可を捧げる。祀官は結縄と貝札で記録を取り、星読みは播き時と洪水の兆しを告げる。夜半、高原の風が鎮まると、祭殿の火に可可の香りが立ち、金細工の小像が赤く光る。
首都以外の要地として、塩の町シハキラ、翠玉の谷ムソ、北岸の港町アリバ、雨林の川市トゥマル、大草原の季節都ヤレバが知られる。これらを結ぶ「影の道」は、雨季には舟路に、乾季には土の街道に姿を変える。
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基本情報メモ
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国名:イラヤ連合王国
首都:スアパ(スアバ高原)
主要都市:シハキラ(塩)、ムソ(翠玉)、アリバ(北岸港)、トゥマル(雨林河港)、ヤレバ(草原の季節都)
主要河川:オルハナ川とその支流群
地形帯:西=豪雨海岸とウンブラ山脈/中部=高原/東=大草原/南東=密林
気候:年中高温。高原は冷涼、東部は雨季・乾季が明瞭、西岸は多雨、北岸は温暖海洋
特産:岩塩、翠玉、金砂、可可、綿、唐辛子、アナトー、藍、蜂蜜、乾魚、香木、樹脂、バルサ材、芋・豆・穀
交通:高原の獣道と縄橋、河川と沿岸の舟運(丸木舟・筏)、季節街道
政体:高原の王サヤと「双環評議会」による連合制
信仰:太陽女神ソラと月王ルマ(蝕年の即位・収穫祭/結縄による記録文化)
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🟦 北岸の港町アリバ ―― 天然の要塞
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アリバはイラヤ連合王国の北岸に位置する港町である。街は「月門内海」と呼ばれる内海の最奥に築かれ、周囲を黒い石灰の断崖と森林に囲まれている。外洋への出入り口は北側の狭い水路ひとつしかなく、両岸の岩壁が門のようにせり出していることから、古くは「月王ルマの門」と呼ばれた。
その狭門の中央には関所が置かれ、潮と風を読む舟守たちが昼夜交代で見張っている。満潮時には水路幅がわずか数十歩にまで狭まり、外敵の大船は入ることができない。崖上には見張り塔と烽火台があり、内海側の帆影をすべて見通すことができる。
湾内は穏やかで波が少なく、潮の流れは一方向に循環している。アリバの港はその静かな水面を利用して築かれ、交易船・漁船・軍用の丸木舟が並ぶ。町は三層構造で、最下層に埠頭と倉庫街、中段に市場と造船所、上段に祈祷所と首長の館がある。岩壁を穿った階段と水路がそれらをつないでおり、干満に応じて舟が昇降する仕組みになっている。
アリバの人々はカルナ人を主とし、外洋航海に通じる勇敢な舟人たちである。彼らは塩・貝紫・香木・乾魚・布・翠玉などを積み、イラヤの各地と沿岸諸島を結ぶ。町はまた、戦時には北方防衛の拠点としても機能し、海から攻める敵にとってはまさに「天然の要塞」となる。
夜になると、崖上の烽火台に月王ルマを象徴する白い火が灯り、内海を航く舟の帰還を導く。その光は、千年にわたり北方を守り続けるアリバの誇りとされている。
古来からの言い伝えによると、北岸の港町アリバには、東のアウロラニア大陸につながる洞窟があるそうだ。何とその洞窟からは、アウロラニア大陸フェルディア連邦最北端のパール湾に行けるそうである。
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2️⃣東部
エクリプス大陸の東部を占める国を、ここではアマラン大樹海連邦と呼ぶ。紀元1150年の時点で、無数の本流と支流に割れた巨河と、地平まで続く樹海、潮と川が混じる三角州を束ねる「河と海の同盟」である。北西はイラヤ連合王国に接し、南は台地と疎林に移り変わる。東は黎明海に面し、さらにその向こう側にアウロラニア大陸が横たわる。イラヤとの境では塩・可可・香木が往来し、戦よりも水先案内と儀礼で物事が解決されることが多い。
首都はヤーラ。アマラ大河と黒く深いノカ河が合流する中州の都で、雨季には石土の堤と板橋で層状の街をつなぎ、乾季には白く乾いた河床が広場になる。評議が開かれる合流殿は舟着きに隣り、南北からの使節はまず櫂を壁に立てかけてから入る習いである。
地形は大きく三つに分かれる。上流の赤根台地は緩やかな高まりで、泉と小さな滝が多く焼畑が点在する。中流から下流にかけては季節に沈む白水林(氾濫林)と、乾いたときに耕す「浮畑」が広がる。河口の千口三角州は幾千の水路が網の目になり、マングローブと葦の島がうごくように形を変える。外洋側の要港ピラトゥンは干満と河勢を読み違えれば座礁する難所だが、いったん内海へ入れば無風でも潮に押されて奥地へ届く。
人々は水の高さに合わせて暮らす。樹海のモラ人は高床と板道の村に住み、樹脂と香木、彩羽の工芸に長ける。河のイアレ人は長舟と筏を自由に操り、魚皮と土器、塩漬けの川魚を交易に出す。海辺のポロ人は潮を読む舟人で、外洋のうねりに耐える丸木舟で沿岸交易を担う。台地のカラ人は乾季の耕作と雨季の狩猟に通じ、陶片で畑土を肥やす黒い土(焼黒土)を作る技を受け継ぐ。
主要な産は「赤・白・樹乳」で表される。赤は染材のルブラ樹で、心材を煎じた深紅の染めは式服と交易の主力である。白は川の魚とキャッサバ(根茎を毒抜きして粉にする)で、乾餅にして遠路の糧になる。樹乳はゴム樹から滴る乳白の汁で、水をはじく器具や撥水衣の縁取りに使う。ほかに蜂蝋、香脂、硬木(鉄木)、藍、唐辛子、瓜、穀、彩羽、金砂、河真珠が出る。塩は産しないため、北西のイラヤから岩塩の塊を舟で買い入れる。
気候は赤道下の多雨であるが、年に2度の「大降り」が訪れるのが特徴である。雨は川を白く濁らせ、森に魚が入り、人は家ごと舟に乗る。乾季は川幅が痩せ、砂州が道になる。海は朝夕の陸風海風がはっきりし、黎明海からの東風が強まる年には外洋の舟が多く現れる。まれに東風と潮が合わさる暁の返しのとき、熟練の舟人は三角州を抜けて日の出の方角へ漕ぎ出し、遠い陸影を見たという話が残る。
政は「連邦」の名のとおり、河上・中流・三角州・沿岸の四域から選ばれた九人の首長がヤーラに集う九河盟議で決まる。盟議の上には水と光の祭祀を司る黎明巫女長が立ち、洪水の合図や川塞ぎの解除は巫女長の告示がなければ行えない。徴発は堤と舟道の保守、石柱を立てる治水儀礼、戦の際の舟兵の提供である。
信仰は黎明の女神アウリと雷獣王ポランの二柱が中心である。日蝕は「光が森に降りて子を孕む刻」とされ、洪水後の播き時を告げる合図になる。祭祀の記録には結縄のほか、貝と染め糸を編んだ結貝札が用いられ、徴の数や堤の長さ、舟の戸数が色と節で読み取れる。
戦は避けるが、やむなきときは水上戦が基本である。厚い綿鎧に籐盾、硬木の棍に黒曜の刃を埋めた木剣、長弓と投槍器、吹矢が用いられる。三角州の戦では水路を塞ぐ枝垣と浅瀬の杭列が効果を発揮する。上陸攻めを受ければ、堤の二列目に退いて水を落とし、泥を味方につける。
東方との関わりとして、黎明海の沖合には燕の群れのように並ぶ小島列があり、潮目を渡り継げば「アウロラニアの手前髪」と呼ばれる岩礁帯に届くと語られる。そこから先は外つ国の風域であり、実見した者は稀であるが、赤い染め布と香脂の匂いが戻りの舟から漂った年があったという。
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基本情報メモ
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国名:アマラン大樹海連邦
首都:ヤーラ(アマラ大河とノカ河の合流中州)
主要都市:ピラトゥン(外洋要港)/モリガ(樹脂と香木の川市)/カラド(赤根台地の穀倉)/イサン(三角州の季節都)
主要河川:アマラ大河、ノカ河、セリナ河、ベラ河
地形帯:上流=赤根台地/中流=白水林と浮畑/下流=千口三角州/外洋=黎明海
気候:高温多雨。年2回の大降りと明瞭な乾季。沿岸は海風・陸風が強い
特産:ルブラ樹の赤染、樹脂・香脂、ゴム樹の樹乳、蜂蝋、硬木(鉄木)、藍、唐辛子、瓜・穀、キャッサバ粉、彩羽工芸、金砂、河真珠
交易:塩・翠玉・可可をイラヤから導入、赤染・樹脂・硬木・魚皮・黒土鉢を輸出。沿岸は北西へ沿岸舟運、東へは季節風を読む小航海
交通:河川舟運(丸木舟・筏)、板橋と堤、季節の陸路(砂州道・板道)、沿岸の帆櫂舟
政体:ヤーラの九河盟議と黎明巫女長による二重統治
信仰:黎明女神アウリと雷獣王ポラン。蝕年の洪水・播種祭。結縄と結貝札の記録文化
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軽鎧「黎明の浮羽」
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湿地と河での戦いを想定した、撥水・防汚・静音に優れた羽織型の胴衣。水に入っても沈みにくく、弓矢や棍棒の衝撃を綿鎧のように散らす。
構成
・胴:二重の布台にキャッサバ粉の糊とゴム樹の樹乳を交互に含ませて積層。外面は樹脂・蜂蝋を混ぜた「樹脂蝋」で含浸し、雨を弾く。要所(胸・肋・背)は薄い鉄木の小札を斜め格子に差し込み、重さを抑えつつ刺突を受け止める。
・肩/上腕:ひさし状の肩覆い。内部に乾いた小さな瓜の殻片を入れた浮力層を帯状に配し、水際での沈み込みを防ぐ。
・腰裙:膝上までの分割スカート。走行時に絡まらず、葦原でも静かに動ける。
・兜(任意装備):小型の瓢の殻を中核に、布と鉄木の薄板で覆った頭巾兜。前額に樹脂蝋の庇。
・飾り/識別:彩羽工芸の羽束を胸元と背の結び目に少量。身分や隊ごとに赤(ルブラ樹)と藍(藍染)の意匠で識別する。
仕上げと配色
・外面仕上げ:樹脂蝋(樹脂:蜂蝋=2:1)。手で撫でると松脂と蜂蜜の甘い匂いがわずかに残る。泥ははじき、雨は玉になって流れる。
・染め:基調を藍で深く染め、縁と紋をルブラ樹の赤で締める。夜明け色と血の色を合わせ、士気を上げる意味を持つ。
・装飾:将校級は胸の結びに金砂を薄く蒔き、儀礼時のみ河真珠の小珠を糸に通して下げる(戦闘時は外す)。
機能
1) 撥水・防汚:樹脂蝋とゴム被膜で泥水を吸いにくい。濡れても重さの増加が少ない。
2) 衝撃散逸:樹乳で固めた布層が刃筋を鈍らせ、鉄木の小札が刺突を受け止める。棍撃は面で受けて分散。
3) 浮力補助:肩の瓜殻の帯と空気層が水際の転倒時に沈み込みを遅らせる。
4) 静音・防錆:金属留め具を使わず、樹脂蝋で目止めした布紐で結束。水でもきしみが少ない。
5) 害虫・腐敗対策:内側の縫い目に唐辛子油をわずかに擦り込み、湿地の虫避けと黴の抑制にする(匂いは数日で和らぐ)。
製作の骨子
1) 布台を2〜3枚重ね、温めたキャッサバ糊→乾燥→ゴム樹の樹乳→薫煙凝固を2巡。
2) 要所に薄削りの鉄木小札(指幅×掌半分ほど)を斜めに差し込んで縫い留める。
3) 表面に樹脂蝋を温塗りし、木べらで押し込む。乾いたら藍で全体を、ルブラ赤で縁・紋を染め直す(蝋の上でも染まるよう薄塗り→乾燥→再塗りを繰り返す)。
4) 肩帯に乾燥瓜殻の薄板を布袋状に収め、過剰な浮力が出ないよう間隔を取る。
5) 結び紐は蝋引き。彩羽は小さく、戦場では外しやすい結びにする。
運用
・想定重量は5.5〜6.5kg(胴3.5kg前後、腰裙1.2kg、肩帯0.6kg、兜0.8kg)。湿潤時でも+1kg程度に収まる。
・矢・槍に対しては胴の斜格子で受け、近接は綿鎧同様に密着して押し合いへ持ち込む。舟戦では肩帯の浮力を活かし、堤上では泥はねの少なさが利点になる。
手入れ
・泥は川水で流し、布で押し拭き。火近くでの急乾は避け、日陰で風を通す。
・樹脂蝋は薄く追い塗り。縫い目の唐辛子油は月1回で十分。
・小札の鉄木がささくれたら炙って油を染み込ませる。
派生型
・「赤潮胴衣」:胴のみの短丈型。走者・伝令向けに重量4kg以下。赤の意匠が多い。
・「三角州衛士の外套」:同素材の撥水外套を上から羽織る雨戦仕様。外套の裾に細い瓜殻片を仕込み、渡河時の浮きを補助。
・「祭礼甲」:金砂の蒔き仕上げと河真珠の襟飾り。戦時は装飾を外して通常型として運用。
この軽鎧は、アマランの特産を無理なく機能化した設計で、湿原・舟戦・堤上戦に強い。