• ラブコメ

夢見る男子は現実主義者ss~あり得たかもしれない未来~

「芦田ちゃんってさ、彼氏とか作らないの?」

 もし男の人からそう聞かれたら、アタシは多分こう応じるだろう。
 『そんな人は居ないし、今後も恋人なんて作るつもりもない』、と。
 そのような返事をすれば、大抵の人は引き下がってくれる。
 はっきりと物事を言えば、手間も省けるし何より変な虫が寄ってこないから楽だ。

 思い返せば、ここ最近告白を受ける回数が増えたような気がする。
 高校で学年が上がるにつれて、バレーの練習に励みながら常に先頭を走り続けてきたわけだが、こうも周囲から視線を向けられると、非常に気分が悪くなる。
 親友である愛ちも、可愛さがより増してモテることが多くなってきたらしいのだが、時々連絡を取っていると、彼女の方からもその類の話で最近困っているとのことだ。
 お互いに大変だね、なんて会話をして日常生活に雑談を重ねながらいつも下らない話に移行するのが通常の流れ。
 でも、こんな恋愛事に割く時間なんて、本来作ってはいけないはずなのに。
 なぜか、私たちはお互いの本当の気持ちに『嘘』という物を吐き続ける。
 それが、良いことなのか悪い事なのかは全く分からないけれど。
 何とも言えない苦味が、口の中でずっと纏わりつくのがとにかく気持ち悪かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ね、ねえ。相談があるんだけどっ」

 隣に座っていた彼女が、唐突にそんな言葉を呟く。この時、自分はどのような表情を浮かべていただろう。
 嫉妬か。それともただの怒りか。
 何に対する感情なのかはまだ分からない。
 けれど、何かしらの激情が存在することだけは確かだと確信した。
 ここで、何に対して。なんて野暮なことはもちろん聞かない。
 もし聞いてしまえば、そこで全てが終わるような気がしたから。

「愛ちも、ようやく自覚するようになったんだね」
「圭だって、私と同じじゃないの」
「アハハっ。そうかな? でもアタシ、まだ全然子供だよ?」
「で、でも。バレー部の後輩はまだ諦めてないって……」
「うん、知ってる。でも、アイツは何ていうか……そういう目では見れないから」
「そ、そっか……」

 そう言った後、下に俯く愛ち。
 こんな快晴な天気とは対照に、雰囲気が重たく包み込む。
 ショッピングモール外のベンチで誰かと並んで話すなんて、いつぶりだろうか。
 今思えば、去年以来だった気がする。
 あの頃までは、本当に何も考えずに過ごしていた時期だった。
 もしかしたら、そっちの方が幸せだったのかもしれない。
 まだ恋を自覚していない、あの時に戻れるのなら――。

「愛ちはさ。アタシと出会って後悔していないの?」
「するわけないでしょ……今さら何言ってるのよ」
「わっはっは。そう即答されると、圭ちゃんもなんか照れちゃうなー」

 お互いに言葉を交わし合いながら、時計の針が進んでいく。
 一度過ぎたものは二度と帰ってこない。
 そんな当たり前のことを理解しているはずなのに、覚悟を決めなければいけない時に先延ばしをしてしまう。
 そんな自分が卑怯で、臆病者なのだと自覚ばかりして。
 でも、それは彼女の方も同じことで。
 本当は心の内を全部吐き出してしまいたいのに、それを我慢していて。
 答えは最初から持っているはずなのに、それを言える勇気が無くて。
 だけど、誰よりも真剣に『彼』のことを考えている。
 それが、芦田圭からすれば眩しすぎるぐらいの道のりを歩んでいるように見えて。
 だからこそ、いつの日か。
 本気で好きになったモノを全力で掴みに行かないその姿勢が、アタシの心を揺さぶった――。

「愛ちは、違うの?」
「何が?」
「本当は、我慢しているよね」
「――ッ! そ、それは、圭の方じゃない?」
「そ、そうかもしれないけど……。でも、愛ちも同じでしょ」

 探り合いを入れながら、決して本題には中々入らない。
 彼女も、芦田圭の正体を分かっている。
 長年の付き合いで、何度も本音でぶつかり合ってきた仲だ。
 相手の考えていることなんて、直接言葉を交わさなくたって理解できる。
 ただ、それを口に出した瞬間。
 決定的に何かが変わることだけは避けなければいけなかった。
 苦しいことも、悲しいことも、辛いことも。
 全部、自分の心の中で処理して。
 そして、死ぬまで墓場まで持って行こうと。
 そう考えていた芦田圭の方がずるい人間だった。
 それで良いんだと思っていた。
 周りから非難されるぐらいだったら、安全地帯でずっと過ごしていた方が良いに決まっている。

 だが――。

「ねえ、愛ち。私ね――どうしても欲しいモノがあるんだ」

 なぜ、そんなセリフを言い出してしまったのか自分でも分からなかった。
 本当の素である愛ちを見たかったのか。あるいはもっと別の何かを期待したからか。
 いずれにせよ、そのどちらでもないという可能性も否定できないことは確かだった。

「もし、今回の全国大会で優勝したら――告白してもいいよね?」

 愛ちの顔が少し強張ったのが分かった。
 体が少し震えていて、この瞬間何を言い出すか分からない状況だ。
 こんなずる賢くて卑怯な芦田圭を、恋愛の神様はきっと許してくれないだろう。
 それでも、ここで彼女の心を奮い立たせるために、続けて言わなければいけないことがあった。

「それは、どういうこと?」
「ここまで言えば、分かってくれると思ったんだけどなー」
「ぜ、全然分からない……。圭は今何考えているの」
「にししっ。これ、前にも言ったことあると思うけど……愛ちって、嘘吐くの下手だよね」
「――ッ! そ、それは違うから!」

 そうして、バッと勢いよく顔を上げた愛ちは必死な表情で私の方を向く。
 そんな彼女の顔を見て、アタシは確信した。
 ああ。この子も私と同じなのだと。
 最初に出会った時は、どうしてあんな男とつるんでいるんだろうと思った。
 でも、その認識は全然間違っていて。
 だからこそ、余計に自分の光が霞んで見えてしまう。
 それが何よりも悔しかったからなのかもしれない。
 でも、そんなことはどうでも良い。
 今の芦田圭にとって必要なことは、彼女を『本気』にさせることだ。
 そのためなら、何を犠牲にしても良い。
 今居るこの時間も。自身の本当の気持ちも。
 全てをかなぐり捨てて、死ぬ気で這い上がる愛ちをこの目で見てみたい。
 そう思ったからこそ、アタシの存在意義があるのだ。

「とにかく……絶対に嫌」
「えー? どーして」
「私にとって、一番大切な人だから。圭には、渡せない」

 何が、とは言わない。
 周りの人が聞けば、何の話をしているのかは全く分からないだろう。
 でも、それで良い。
 この会話は、私たちだけが分かっていれば良いのだから。

「それは無理な相談だよ? アタシだって、もうどうしようもない所まで来ちゃったんだから」
「あのバカの、どこに惚れたって言うの」
「んー。なんかね。いつの間にか、全部好きになっちゃったんだよねー」
「――ッ!?」

 どちらかが幸せになり、もう片方が不幸になる。
 全員が幸福になれる未来が存在するとするならば、どの選択肢を取れば良いだろうか。
 もしかしたら、もっと良い方法があるのかもしれない。
 時間を掛ければ、お互いが納得出来る領域まで落とし込めるかもしれない。
 でも、もうそんな余裕が無いことは分かっている。

「圭が、もし本当にその気でいるんだったら……私。容赦しないよ」
「うん。それで良いんだよ愛ち。今の貴方と、本気で勝負したかったから」

 ああ。その顔だ。
 その表情が見たかった。
 これまでの愛ちではなく、今の貴方を欲していた。
 自分はこれまでたくさんの『嘘』を吐き続けてきた。
 あらゆるものを犠牲にして、偽りの芦田圭という人物で演じてきた。
 ここまで演じきれたのも、たった一つの譲れないモノがあったからこそ頑張れたと言っても過言ではない。
 だから、アタシは彼女の『本気』がどれ程のものなのかを知りたかった。
 そして、もしそれに打ち負けた時。
 自分はきっと、苦味の正体を知ることになるだろう。
 『彼』の隣に立てないことが、どれほど苦しくて、辛い事なのかを。

 だからこそ――。

「ふふっ。これからはお互い敵同士だね!」


――――――――――――――――
ウォーミングアップ。

1件のコメント

  • ??作者の名前が違うけど。8巻出たの2年半前だけど。
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