愛ちゃんは、世界一可愛い生き物だ。
自分の膝の上で、お人形のように居座っているその姿を見れば誰だってそう思うだろう。少し成長したせいか、背がちょっとだけ伸びたような気もする。でも、相変わらずの可愛さMaxに流石のアタシもメロメロになってしまった。
いや、これはいつものことだ。愛ちゃんは何もおかしくない。
きっと世界が悪いのだ。こんな天使をこの世に登場させて良いわけがない。
でも、我慢出来ずにギューっと抱きしめちゃうのは仕方ないよね。うんうん。
将来、アタシのお嫁さん第一候補として成りあがるのも時間の問題だろうし――。
ふ、ふふ……ヤバい。アタシ、多分今キモイ顔してるわ。絶対。
「圭おねーちゃん、なんかすごい顔してるー!」
「えへへ。そ、そう? アタシ、そんなに凄い?」
「うんッ! 今から特別に、ごほうびあげちゃう!」
「ええええ!? い、良いの愛ちゃんッ!?!?」
ああ。もう我慢できない。しかも、今アタシのこと、名前で呼んでた……? う、嘘でしょ。まさかあの愛ちゃんから? この前までは『背がたかいほうのおねーちゃん』なんて呼ばれてたのに……。つ、ついにアタシにも念願の瞬間が!
くぅ……! あまりの可愛さプリプリで、もう合体したいぐらいだよ! というか、この子襲っても良いよね!? 今は二人きりだし、誰にも邪魔されないだろうし!
さじょっちの件は……うん! なんか面倒臭くなってきたからもうどうでも良いや! それよりも、今は愛ちゃんの顔にハホハホして、めいいっぱい可愛がらなくちゃ! 時間もったいないし!
よし。決めた。もう襲っちゃおう。芦田圭ならきっと許されるはずだ。
神様から頂いたこの御恩を、決して忘れずに――
「ちょ、ちょっと圭!? 何してるのよっ!」
「げっ。愛ちが来ちゃった」
「あー! おねーちゃん来たー!」
そんなこんなでトレーを持った愛ちが慌てて部屋の中で間に入り、アタシの愛ちゃんが即座に奪い返される。
ちぇ。もう少しでほっぺたにチュー出来たのに。愛ちの意地悪め。
でも、さすがシスコン本気度カンストしてる愛ち……表情が本気だったよ。アタシがこうも敵対視される日が来ようとは。でもそんなとこも超可愛いんだけどねっ! 愛ちは!
「い、悪戯は駄目だって前にも言ったでしょ!?」
「にしし。めんごめんごー。愛ちゃんがご褒美くれるって言うから、ついね!」
「もうっ。圭のバカっ……」
そうして、ぎゅうっと強く愛ちゃんを抱きしめながらこちらに睨みを効かせてくる愛ち。
えへへへ……愛ちに罵倒されるのも中々悪くない。って、アタシ、決してMじゃないからね! 皆、そこん所勘違いしないように! でも。二人揃ってみると、本当になんでこんな可愛い生き物が生まれてくるのだろう。
まあ、すごく似てるのは当たり前なんだけどさ? ここまで神々しいと、逆に嫉妬しちゃうっていうか。
あーもう! 圭ちゃんの情緒不安定……どうにかしてほしいよぉ。
「圭おねーちゃん。ジュースのまないの?」
「えへ、えへへ。飲むよぉ。なんなら、愛ちゃんまで一緒に飲んじゃうよぉ?」
「キャーッ!? たべられちゃうー!!」
「け、圭ッ。それに、愛莉もそれ以上暴れたらジュースあげませんからね!」
あちゃ。冗談のつもりで言ったんだけど……。つい心の中のおっさん精神が表に現れてしまったようだ。
むぅ……アタシ。最近勉強も部活も両方頑張ってるつもりなんだけどな……。少しぐらい、報われたってバチは当たらないって誰かさんに教わったはずなのに。
「うう……おねーちゃんに怒られた」
「にしし。まー。圭おねーちゃんも一緒だから、安心しなって! 愛ちゃん!」
「圭おねーちゃんといっしょー!」
「もう……本当に二人ったら」
どこか、子供二人を相手にする様子で愛ちはため息を吐きながら言葉を発する。でも、愛ちはこう見えてとても面倒見が良いから、愛ちゃんも良い子に育つと思うよ。アタシは全然ダメダメだから、もう遅いけどねっ。
「ねえ、圭」
「んー? なーに愛ち」
愛ちから呼ばれた。さっきとは打って変わって、少し作り笑いの表情を浮かべているような気もする。
愛ちゃんの手前だからか、あまり自分が元気ない所を見せると心配がられると思っているのだ。
アタシが無理やり家に押しかけて来たもんだから、きっと最近の学校でのさじょっち関連の話をすると確信しているのだろう。
「そ、その……。今日は急にどうしたの? いきなり私の家に来るって言うから……」
「ええ……? それは愛ちが一番分かってるはずじゃない?」
「わ、私はいつも通りだから大丈夫よ……。元気が無いのは、ちょっと最近、疲れちゃっただけだし」
「ふぅーん? 本当にそれだけ? にしては、最近さじょっちのこと、避けすぎてる気がするけど?」
「! あ、あれはアイツが――ッ」
そうして、フリフリと顔を横に振りながらも、自分が言ってしまった台詞にハッとする愛ち。出かかったその言葉に、確信するには充分すぎる材料だった。やっぱり、愛ちがこんな状態になったのも、全部さじょっちの責任だったんだ。アタシの目論見は完全に当たっていたと言うだけの話だけど。それでも、愛ちとさじょっちとの間で何かがあったのはこれで間違いない。きっと、『左手』の怪我と第三者の誰かが関係しているのだ。
「やっぱり、何かあったんだ?」
「な、何も無いってば」
「本当の本当に?」
「う、うん……」
「今、愛ちゃんの目の前で嘘ついてないって約束できる?」
「――っ。ちょ、ちょっと圭?」
「おねーちゃん……? わたしにうそ、ついてるの……?」
「あ、愛莉まで何言ってるのよ! そんなこと、するわけないでしょ?」
そう言って、愛ちゃんの頭をナデナデしながらも、慌てた様子で目が及んでいる愛ち。
ふふ……もう誤魔化せないからね。アタシの前で嘘吐いた罰は、そう簡単には取り消さない。
ゴメンだけど愛ちはもう逃げられるとは思わないで欲しい。そんなに取り繕ったってもう無駄だから。そこまで言いかけたからには洗いざらい吐いてもらわないと。ホント、話さないならアタシが愛ちゃんを掻っ攫って貰っちゃうからね。
「圭の方こそ……。渉と何かあったんじゃないの?」
「ふぇ? あ、アタシ?」
突如、愛ちからの反撃の狼煙。疑いの目を向けられるとともに、どこか確信の持ったような感覚を受ける。
え、嘘。アタシとさじょっち……何かしたっけ? いや、別に何も無いよほんとに。
ただ、先週はたまたま二人きりで帰ったってぐらいで……。巨大パフェ奢って貰って、途中までは仲の良いクラスメイトだったし? まあ、無理やり彼に『あーん』したりしてからかったりもしてたけど……。
ってあれ。ちょっと待てアタシ。これ、もしかして世間一般で言うデートというやつなのでは? い、いやいや。アタシとさじょっちに限って、そんなことお互い思ってるはずないし! だ、誰かの知り合いに見られてたって可能性も多分無いだろうし、うん。あれはただの調査に過ぎないよ。そうだ。どうせなら、愛ちにもあの時のさじょっちの醜態を聞かせてあげなくちゃ。
「私、聞いたからね」
「な、何を?」
一歩。そしてまた一歩。愛ちの方から、徐々に距離を詰められる。
まるで、何か詰問するかのように。そして、これから尋問が始まるかのように。べ、別に何も変なことはしていないはず。あ、アタシは何も悪くない。
だけど……なぜだろう。この感覚。何かが非常にまずい予感がする。
この正体は一体――