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短編集(5月分)追加分の没小説です

※こちらは読んでもネタバレにはならないと思います。
※追加分とは話の流れが違います。


『最下層をソロで攻略する魔道士がいる』

 その噂を最初に聞いたときは心が躍ったものだ。
 破天荒なヤツがいたものだと驚き、そして強く興味を持った。
 だから俺は動いた。

 俺は自分で調べて裏が取れた情報だけを売る情報屋を飯の種にしている。
 同業のやつらは俺のことを偽呼ばわりしているが、そんなことは知ったこっちゃない。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。
 その点ではその魔道士と似た者同士とも言えるかもな。

 だが、事前情報として接触する前に集めた噂を聞けば聞くほど、現実味が薄れてきた。

 噂だからその程度、だとしてもどれが本当か分かったものではない。
 通常、魔法は立て続けに撃てないものだし、ダンジョンは命懸けで、手を抜けば自分が危ないのは分かり切っているはずだ。それに、荷物持ちと必ずセットだというのも解せない。
 荷物持ちは代わりの利く人員のはずだ。そこを固定にする意味が分からなかった。

 だから、俺は情報集めはほどほどにして、まず接触してみることにした。
 ギルド内の酒場で酒をちびちびやりながら、目を光らせる。
 だが、そのような人影はその日、見当たらなかった。

 次の日も、その次の日も。まるで俺が張っていることを知っているかのようにそれっぽい人物は見当たらない。そろそろ実際に荷物持ちとして参加して、総当たりしてみるか、そう思い始めた頃、そいつはやってきた。

 子供のような体躯のそいつは、衆目を集めない。なるほど、これは訳ありのようだ。
 魔道具だな。
 それも、それなりに高価な隠密の魔道具だ。

 なるほど、見つからないはずだった。
 もしかすると、『主人』の方は更に上位の魔道具を身につけているのかもしれない。

 おかしいとは思っていた。何しろ、ダンジョン踏破で最大の難関とされるのはその最下層の対大型戦のはずだった。それを一掃してくれるのだから、幾ら道中の態度に難があれど、ウチに欲しい、と思うリーダーは居た筈なのだ。

 だが、噂にはなれど、そこで話されるのは組んだ後に発覚したという内容ばかり。
 身長差のある魔道士と荷物持ちの2人組だとはっきり分かっているにも関わらず、そうであったのはこういう理由があったからなのだろう。

 俺はその奴隷の跡を付けようと思って止めた。
 後ろ暗い方法は取るべきではない。選ぶ余地があるのなら。
 用事を済ませたのか、ギルドから出ようとしたそいつを呼び止める。

「なぁ、ちょっといいか?」

 声を掛けられるとは思っていなかったのか、そいつは一瞬硬直して、こちらを伺うような視線で見上げてくる。
 俺は、まぁまぁ、と言って小銭を弾く。

「これは、受け取るなって言われてる」

「なるほど、いい主人を持ったな」

「……。何か用?」

「そう警戒するなって。俺はちょっとあんたのとこの主人に興味があるだけなんだ」

 律儀に返してきた小銭を受け取りつつ、さりげなくそいつを観察する。
 だが、何らかの結論が出る前にそいつは逃げ出した。

「舐めてもらっちゃ困るねっ」

 ここは追うべきだ。ここで掴まねば手がかりが無くなってしまう。
 俺はその後ろに付き、跡を追う。その後ろ姿に突然靄が掛かったが。

「温いッ」

 俺は右目の義眼に指を当ててぐるりと回転させた。これも魔道具だ。認知妨害系の効果を除去するために、問題なく追える。
 だが、その横で声がした。

「私に何か用か?」

 囁くように掠れた声はまるで人外のようだったが、少なくともその容姿は人間のように見えた。2人組で背丈に差がある。片方が子供程なら魔道士は大人ほどか。そう思っていた。

 違った。とにかく背が高い。高い背を丸めた猫背で、こちらを見下ろしている。その顔は陰になっており見えにくい。……いや、違う。これは。

「もう一度訊く。私に何か用か?」

 黒い靄が掛かっていて見えない。これは魔法ではない。呪いだ。
 そう分かった瞬間、怖気が走った。これは今までで一番ヤバい。
 直感が警鐘を鳴らす。今度は俺の方が踵を返す番だった。

 しばらく走って振り向くと、そいつはまだその場所に居た。
 その近くで例の子供が主人を見上げていた。その顔には笑顔が見えた。
 狂ってる。そういう感想が反射で出て、ぶんぶんと頭を振る。

 俺は情報屋だ。情報は公正でなくてはならない。
 少なくとも、あの子供にとってあの人物は味方なのだろう。
 でなければあんなホッとしたような笑顔は浮かべない。

 ……洗脳でもされていなければ、だが。

 二人が見えなくなった頃、辺りを見回して安全確認を終えた後、俺は戻すのも忘れていた義眼を元の位置に戻して、息をつき、胸を撫で下ろした。

 落ち着いて考えてみると、そのように見せる魔道具だったのかもしれないし、あるいは本当にヤバいやつだったのかもしれない。

 いずれにせよ、あそこまでガードが固いのであれば、無害にしろ有害にしろ、無暗に探れば不興を買う。こちらは魔道具を持ってはいても所詮非戦闘員、相手はダンジョンの最下層の大型にも悠々と勝てる実力者だ。

 実力行使に出られても困るので、ここまでにしておくべきだ。
 俺がこんなでも生き残ってこられたのは、引き際を知っているからだ。
 今後もう会うことはないだろう。そう思った。

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