• 異世界ファンタジー

閑話①:後夜祭

 これは、再臨祭の後、アルギスとレイチェルが校舎に足を踏み入れた時のこと。

 廊下を抜けた2人は、”ダンスパーティー”が開かれるというホールへ到着していた。


「……これが、ダンスパーティーか?」


 開け放たれた扉から垣間見えたホールの様子に、アルギスは抑揚のない声で呟きを漏らす。

 一方、アルギスの隣に立つレイチェルは、気まずそうに身を縮めていた。


「話では、そう聞いていたのだけれど……」 


 入り口の前で立ち止まった2人の目線の先では、軽食の並べられたテーブルの周りに数多くの生徒と講師が集まっている。

 旅の音楽家たちが楽器をかき鳴らす中、出店の衣装を着たままの生徒たちは、同じく出店の衣装に身を包んだ講師たちと会話を楽しんでいた。

 
(打ち上げ、といったところなんだろうな)


 ランタンの照明の下、木製のカップを片手に笑顔を見せる生徒たちの姿を、アルギスはどこか羨ましげに見つめる。

 それからしばらくの間、2人が入り口の端で立ち止まっていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「なんだ。アルギス達も来てたのか」


「……ジェイクか。お前がパーティーに来るとはな」


「パーティー?何いってんだ?」


 振り返って目をパチクリさせるアルギスに、ジェイクは釈然としない表情で首を傾げる。

 予想外の返答に眉を顰めたアルギスは、口元に手を当てて、ジェイクの顔をまじまじと見つめた。


「どういうことだ?」


「いや、ワイバーンが学院に来たんだろ?」


 探るように声のトーンを落とすアルギスに対し、ジェイクはあっけらかんとした態度で言葉を返す。

 訳知り顔で話すジェイクを訝しみつつも、アルギスはワイバーンの襲撃を思い出し、小さく頷いた。


「……ああ、1体だがな。だが、それがどうした?」


「腹も減ったし、もしかしたら肉が振舞われるんじゃないかと思って来たんだよ」


 アルギスの肩越しにホールを覗き込んだジェイクは、腹を擦りながらニコニコと笑って見せる。

 よだれを垂らさんばかりのジェイクに、アルギスはため息を付きながら肩を落とした。


「……そうか」


「おう。竜種の肉なんて、滅多に食べられるもんじゃないからな」


 アルギスと対照的にキラキラと目を輝かせると、ジェイクはぐぅと腹が鳴しながら、ホールを覗き込む。

 つられてホールを一瞥したアルギスは、すっかり機嫌を良くしているジェイクに呆れ顔を浮かべた。


「まだ出ると決まったわけではないだろう。それに、ワイバーンは亜竜だ」


「同じようなもんだろ?」


 説教じみた口調で話すアルギスに、ジェイクは唇を尖らせて、不満げな表情を見せる。

 なんとも言えない後味の悪さを感じつつも、アルギスは何も言わず、静かに口を閉じた。
 

「…………」


「まあ、期待して待ってることにするわ!じゃあ、お前らも楽しめよ!」


 入口の前が静まり返る中、ジェイクはアルギスとレイチェルに手を振って、ホールの中を駆けていく。

 再びレイチェルと2人きりになったアルギスは、ジェイクを追いかけるようにホールへ足を向けた。


「……行くか」


「いいの?」


 スタスタと歩き出すアルギスを、レイチェルは目を丸くして追いかける。

 不安げに顔を覗き込むレイチェルに、アルギスは歩みを止めることなく肩を竦めた。


「ここまで来て帰ることもないだろう。どうせ、様子を見るだけだ」


「ええ、そうね」
 
 
 パッと表情を明るくしたレイチェルは、アルギスと共に生徒たちの間を抜けていく。

 程なく、壁際までやってくると、2人は座る者のいない簡素な木製の椅子へ、並んで腰を下ろした。

 
(個人的には、こちらのパーティの方が好きだな)


 陽気な音楽の流れるホールの和気あいあいとした様子に、アルギスは思わず目尻を下げる。

 しかし、徐々にホール全体が騒然とし始めると、訝し気に辺りを見回した。


(……随分と騒がしいと思えば、アルコールまで出ているのか) 


 アルギスの目線の先、ホールの中心では講師たちが赤ら顔で楽しげに肩を組んでいる。

 見慣れない光景に、アルギスはふと隣に座るレイチェルへ顔を向けた。
 

「ふむ……」


「どうしたの?」


 アルギスの視線に気がついたレイチェルは、微笑みを湛えながら首を傾げる。

 しばし笑顔のレイチェルと見つめ合った後、アルギスは腑に落ちない顔で口を開いた。

 
「ここにいて、楽しいか?」


「ええ、とても」


 ホールの様子を見て頭を捻るアルギスに、レイチェルは一層笑みを深めて、ゆっくりと頷き返す。

 妙に機嫌の良いレイチェルに頭を悩ませつつも、アルギスは足を組みながら正面を向き直った。

 
「……ならいい」


「ふふ、とっても新鮮で……素敵な時間だわ」

 
 誰にとも無く独りごちると、レイチェルもまた、あちこちで笑い声を上げる生徒たちへ目線を移す。

 それからしばしの間、2人は無言で陽気な音楽に包まれたホールの様子を眺めていた。



 

 2人がやってきて1時間余りが過ぎる頃。

 盛り上がりの最高潮に達したホールの中心では、音楽に合わせて生徒たちが思い思いのダンスを踊っていた。


(……パーティだなんて。ニアにすっかり騙されてしまったわ)


 耳馴染みのない音楽が鳴り響く中、レイチェルは思いもよらない状況に、内心で顔を顰める。

 ややあって、椅子へ深く掛け直すと、目線だけを隣に座るアルギスへ動かした。


(幸い、怒ってはいないようだけれど……)


 レイチェルの目線の先では、ぼんやりと椅子にもたれ掛かったアルギスが、組んだ足をぶらつかせている。

 レイチェルがホッと息をつくと同時、アルギスは組んでいた足を下ろして、膝に手をついた。

 
「そろそろ、行くか」


「ええ、そうね」


 席を立ったアルギスが出口へ足を向けると、レイチェルもまた、隣に並んでホールを歩き出す。

 
 そして、ワイワイと話し合う生徒たちを尻目に2人が薄暗い壁際を進んでいた時。

 未だ開け放たれた扉の奥から、騒がしく言い合う男女が姿を現した。

 
「まあまあ。落ち着いてよ、レベッカ」 

 
「やっぱり納得できないわよ!私の晴れ舞台は中止なのに、ルカたちだけ!」

 
 苦笑いを浮かべながら肩を叩くルカに、レベッカは顔を真っ赤にして反論する。

 しかし、ルカの反対隣に立つシモンは、相も変わらぬ仏頂面で首を横に振った。

 
「俺たちは、別に戦いたかった訳じゃない。たまたまだ」

 
「ぐぅぅう……!」


 怒らせた肩をワナワナと震わせると、レベッカは口を一文字に引き結んで、ホールの中心を進んでいく。

 レベッカを先頭にした3人は、楽しげな生徒たちをかき分けるように、講師たちの集まるテーブルへと向かっていった。


(英雄派、ね)


 騒がしくホールを進む3人を、レイチェルは立ち止まることなく、目線で追いかける。

 しかし、隣を歩いていたアルギスが足を止めると、3人から顔を逸して後ろを振り返った。

 
「行かないの?」


「気が変わった。もう少し様子を見る」

 
 難しい顔で腕を組んだアルギスは、レイチェルに見向きもせず、3人をじっと見据える。

 かじりつくようなアルギスの態度に頬を膨らませつつも、レイチェルは踵を返して隣へ並んだ。

 
(もう、なんで英雄派なんかに……) 


 不貞腐れたレイチェルが再度顔を向けると、中央のテーブルで講師たちと話し合っているルカの姿が目に留まる。

 程なく、ルカと握手をした講師が、持っていたジョッキをテーブルに置いて、口元へ手を添えた。


「――みんな!少し話を聞いてくれ」


 講師の声が響くと共に、これまでホールを包んでいた音楽がピタリと鳴り止む。

 何事かと生徒たちがザワつく中、講師は真剣な顔でホール全体をぐるりと見渡した。


「今年の再臨祭で不測の事態が起きたことは皆知っているだろう――」


 重々しい口調で講師が語りだすと、ホールは水を打ったようにシンと静まり返って、生徒たち全員が話に耳を傾ける。

 しかし、すぐに口調を穏やかなものに戻した講師は、隣に立っていたシモンとルカの肩に手を置いて、ニッコリと笑顔を浮かべた。

 
「そこで、シュタインハウザー侯爵家とファウエル子爵家のご好意によって、討伐したワイバーンがこの後第二修練場で振る舞われることとなった!」


――やっぱりな!――


――うおぉぉ!―― 

 
 講師が声を張り上げた瞬間、ホールはルカたちへの声援で、一転して騒がしさを取り戻す。

 顔を赤くして微笑むルカに、アルギスは顔を顰めながら小さく口を開いた。

 
「……ジェイクの言った通りになったな」


「ええ、得意げなことで」


 アルギス同様3人を見据えたレイチェルは、無表情ながらも不快げに鼻を鳴らす。

 一方、感謝の言葉が飛び交うホールの中心では、顔を赤くするルカとシモンと共に、レベッカが自慢げに薄い胸を張っていた。


「全員に行き渡るだけの量があるそうだ。皆、慌てないで移動してくれ!」


 叫び声すら上がるホールに、講師は再び声を張り上げて、歯切れのよいの指示を飛ばす。

 やがて、頬を緩めた生徒たちが出口へ向かい出すと、アルギスはようやくルカたちから目線を外した。


「どうやら、ここで幕切れのようだ」


「そうね。……貴方はワイバーンを見に行かないの?」


 どこか期待するような目でアルギスを見つめたレイチェルは、おどけた口調で口を開く。

 微笑みながら小首を傾げるレイチェルに、アルギスはうんざりした表情で出口へと歩き出した。

 
「冗談は止せ。戻るぞ」


「……ええ」 


 未練がましくホールを横目に見ると、レイチェルは前を歩くアルギスの後を追いかける。

 続々と校舎の裏手へ向かう生徒たちを背に、2人は静まり返った廊下を抜けて、寮へと戻っていくのだった。

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