昨日の続き。
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その菓子たちは、とても美しく並んでいた。
給仕用のワゴンの上にあるのは、完璧にふくらんで粉雪のような砂糖がかかったスフレに、ずらりと貝殻の形をそろえたマドレーヌ、虹のようにカラフルなマカロン……。焼き菓子から漂ってくるたまらなく甘い匂いが、鼻腔をくすぐった。
ハダルクにとっては名前も知らないようなそれらの菓子を、作ったヴェスランがひとつずつ説明していく。
「オンブリアでは、菓子といえば女性が作るものという偏見がありますが――製菓は男性にとっても、楽しい趣味なんですよ」
オンブリアの菓子は、ナッツや干しブドウを使った素朴なものが多い。だが、イティージエンやアエディクラといった異国の製菓技術はなかなかに複雑で、取りくみがいがあるのだとヴェスランは笑った。
「このクリームもおいしいですね。くどくなくて、苺に合う」
美しく切り分けられたタルトを口に運びながら、ハダルクがそう評した。
「イティージエン風の、卵を使ったクリームですよ。とろっとした口当たりで、おいしいでしょう」と、ヴェスランが得意げに言った。
「このクリームは、リアナ陛下もお好みになるということで。作るのもそれほど難しくありません」
「ほぉ」
ハダルクは相づちを打ったが、「リアナが好む」という情報がやや気になった。この春、彼女の当座の夫となるフィルバートは、なかなか上手に料理をこなすという。女性の心は胃袋でつかめ、とも言うし、これはデイミオン王にとっては危機となりうるのでは……。
それにしても、ヒュダリオンが静かだ。デイミオンそっくりの精悍な顔でケーキをむさぼっている男を、ハダルクはそっと見やった。
「うわっ」そして、思わず声をあげる。「ヒュダリオン卿、どうなさったんですか!」
ヒュダリオンは静かに、滂沱《ぼうだ》と涙を流していた。
「さくっとした歯触りのあとで、口のなかでほどけてゆく生地の触感……黄金色のクリームは濃厚なのに甘すぎぬ至福の味わい……!」
そして急に語りだした。「こんなにも満ち足りた思いは……はじめてだ……!!」
「そ、そうですか……よかったですね……」
ハダルクは業務用のあいまいな笑顔の下で、心の距離がさーっと開くのを感じた。美貌はもちろん、度を越した愛妻家であるという点がデイミオンと共通しているが、性格的には真逆といってもよさそうだ。それから、食べ物の嗜好も。
「デイミオン陛下は、甘いものは召し上がるんですか?」
ヴェスランがさりげなく尋ねる。そこには何かしら、探るような意図が感じられたが、幸福感に包まれているヒュダリオンは嬉々として答えた。
「いや、あいつは荷運び竜《ポーター》のような男でしてな。調理してあるものなら、なんでも文句を言わずに食べますよ。甘いものが特別に好きというわけではないようだ」
「ご自分で調理はなさらない?」
「無論です」ヒュダリオンはマカロンに手を伸ばした。「湯を沸かすくらいのことは、できるでしょうが」
「さようですか」ヴェスランがにっこりした。ひと呼吸おいて、続ける。
「……そういえばリアナ陛下は、甘いものがお好きでいらっしゃるようですね。私が用意したマドレーヌを、褒めてくださいましたよ」
うーむ、これは……。
ヴェスランはハートレスで、フィルバートの元部下でもある。そしてフィルバート卿は手先が器用で家事もこなすらしい。なにかしら、彼の結婚生活に有利にはたらくような情報をあたえてしまったような気が、しなくもなかった。
しかし、ハダルクのそんな思いも、テーブルの上に並べられたものを前に霧散《むさん》した。小瓶のなかに、宝石のように赤く輝く液体が入っている。
「苺の旬はもう終わってしまいます。はしりの果実を使うほうが雅《みやび》だという考え方もありますが、私は旬の終わりの果実というのも好きなのですよ。うまみが凝縮していますし、とても安く手に入りますからね」
ヴェスランはもったいぶって瓶を振ってみせる。「……シロップとジャムも作ってみました。奥さまへのおみやげに、ぜひどうぞ」
中間管理職の悲哀として、ハダルクは新婚の妻にあまり時間を割いてやれていない負い目がある。ちょっとした甘いおみやげは、彼女の機嫌を取るのにうってつけだろう。
(このことは……ええと……私の胸の中だけにしまっておこう)
ハダルクは体よく買収されたのであった。
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本編のほうは、どうもダメな感じっす。
今日もおじさんたちを書きました(´・ω・`) スイーツ……。
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ヴェスランが作ったクリームは、カスタードクリームです。
お菓子やクリームの名前は、由来を考えるとファンタジーの世界観に合わないかもしれないのですが、「わかりやすくするため、そういう翻訳になった」ということでお目こぼしくださいm(_ _)m