今日は更新ありません~
代わりに小話を置いときます。「英雄、家を買う」の裏側のお話です~
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「そも、エクハリトス家は栄光ある五公十家の一員として、竜王を輩出すること七度。また竜騎手団長にいたっては三代続けて当家の出身者が務め……」
黒髪青目、長身の美丈夫という、現王デイミオンをそのまま老けさせたような中年の男が言う。「貴殿も、エクハリトス家の一員となられたからには……」
とうとうと語り続けるヒュダリオン・エクハリトスの話を、銀髪のハダルクは忍耐強くあいづちを打って聞いていた。内心では、そろそろ解放してもらえないものかと祈りながら。
先日、エクハリトス家の出身であるグウィナと正式に結婚したことから、ハダルクにとってヒュダリオンは縁戚《えんせき》となった。同世代ということもあって、あちら側はハダルクのことをいたく気に入っており、タマリスにいる間じゅう何くれとなく呼びつけられている。今日は、ある館の応接間がその舞台だった。
中流貴族の出から叩きあげでこの地位まで上ってきたハダルクは、上官を褒めるコツというものを熟知している。ヒュダリオンとの会話で今日使ったテクニックは、いわゆる部下の”さしすせそ”だ――
「さすがですね閣下」「知りませんでした」「すごいですね閣下」「そうなんですね閣下」
「さしすせそ」の「せ」、つまり「センスがいいですね閣下」を、いつ使うべきか、とハダルクがぼんやり考えていると、救いの主があらわれた。
「お話が盛りあがっているようですな」
やわらかく、よく通る低い声。三人目として部屋に入ってきた中年男性は、この屋敷のあるじ、ヴェスランだった。がっしりした体格で、腰まわりに年齢相応のよぶんな肉がついている。が、今日はしゃれた給仕エプロンを身に着けているために、腰まわりの貫禄は隠れていた。
「おお、ヴェスランどの」
ヒュダリオンが、少女のように顔を輝かせた。「お待ちしておりましたぞ」
そう、お待ちしておられたのだ。
ハダルクはそっと胸中で独言した。ヴェスランとの顔をつないでくれるように、と頼んだのはヒュダリオンだった。正確には、ヴェスランのもたらすあるものが、ヒュダリオンの目的だった。
つまり、ハダルクは単なる案内役、顔つなぎ。仕事の延長のようなものだった。
「ふふふ」
ヴェスランは笑い声をたてた。「閣下にそこまで期待されていては、おこたえしないわけにはいきませんな」
「ハダルク卿が貴殿と知りあいと聞いてから、なんとかして伝手をつくろうと奮闘したのです。いや、この身分、年齢では外聞が悪いということは承知しているのですが、こればかりは……欲望に打ち克《か》つことが難しい」
ヒュダリオンは、甥そっくりの深みのある声で語った。そして、そんな自分を恥じるようなもじもじした様子を見せた。
ヴェスランは、いかにも商人らしい抜け目のない笑みをうかべた。「もちろん、よく存じておりますとも」
「竜騎手にあるまじき不品行だとは思われませんかな?」
「竜騎手だろうとハートレスだろうと、ひとりの男としての欲望を前には、無力なものでございましょう」
「おお……おわかりいただけますか、ヴェスランどの……!」
なんだか仰々しい会話をしている二人を横目に、ハダルクは冷静だった。ヒュダリオンはまじめで善良な男だが、まじめすぎるところが欠点だ、とハダルクは思っていた。あと、声が大きいところと妙に暑苦しい性格と――いや、列挙するのはやめておこう。
「ああ……それにしてもこの匂い……」ヒュダリオンはうっとりと鼻を動かした。「いやおうなく期待が高まりますな……!」
ハダルクは、高く形のいい鼻をかすかに動かした。たしかに、これは。
ヴェスランはもったいぶりながら、ワゴンの覆い布を取り去った。
「では、わたくしの最新作を、どうぞご賞味あれ」
あらわれたのは、二段のワゴンを埋めつくす菓子、菓子、菓子のオンパレードだった。