(①はここ)
https://kakuyomu.jp/users/freud_nishi/news/1177354054886087211 デイミオン卿とタナスタス卿のデート先は、城下街だそうである。なにをしに行くのかはしらないが。
いいご身分ね、と怒りをさらに溜めながら、リアナは外出の支度をする。
「目立つ服は避けたほうがいい。街着は持ってますか?」
フィルが後ろから声をかけた。
「里から着てきたやつが確か……」
「それもいいけど、これはどうかな」
背後から長い腕がのびて、クローゼットの端からデイドレスを取りだした。
象牙色の生地に、ラズベリー色のブロード飾りがついている。袖とすそが活動的に短くなっているので、ワンピースといってもさしつかえないだろう。
「わ、かわいい」
フィルがなぜ自分のクローゼットを把握しているのか。疑問に思ってもよさそうなところだが、リアナの小さい頭は今のところデイミオンの浮気疑惑でいっぱいなので、フィルに対する疑問が入る余地はなかった。
素敵なワンピースに真新しいショートブーツ、という出で立ちを鏡に映す。なかなかいいな、と本来の目的を忘れてつま先立ち、くるりと一回転した。
「似合っていますよ。かわいいな」
フィルが言う。手にはワンピースに合う色のコートなど掛けている。
「そうかなぁ」髪も簡単に結って、リアナは当初の目的も忘れ、すっかりご機嫌になった。
**
リアナのご機嫌は、城下街に降りるまで続いた。
尾行ということで、いちおう露店の影などにいる。竜車を降りたデイミオンは待ち合わせ場所らしい広場にたたずんでいる。リアナのご機嫌も急降下だ。
「これ以上近づくのは難しいな」と、フィル。「俺ひとりならぎりぎり背後までいけると思うけど、あなたも一緒だからね」
そこはかとなく恐ろしい能力を披露された気がするが、リアナは細かいことは気にしない性質(たち)だ。
「大丈夫。秘策があるわ」
にやりと笑うと、手を前に構えて竜術で弱い風を起こしはじめた。集中しながら説明する。
「こうやって……空気を集めると……小さい音が聞こえるようになるのよ」
「あぁ、そういえば白のコーラーがそういう術具を持ってましたね」
便利そうだな、とフィルがのんびりと言う。
「秘儀! 集音!」
「ターニア」
待ち合わせにあらわれた女性を前に、デイミオンは弾んだ声を出した。
「もうお返事はいただけないものかと思っていました」
「あれ、あの女性(ひと)は」フィルがつぶやいた。
「で、あの女は? 何デラックスなわけ?!」
リアナは相手の女をにらみ殺す勢いだ。
横から、フィルが解説する。
「オンブリア社交界の優雅なる一輪のバラ、レディ・ターニアこと、タナスタス・ウィンター卿ですよ。へえ……デイのやつ、やるな」
「どこのロースだかバラだか知らないけど、デイの三倍くらい太ってるじゃないの!」
「うーん、ちょっとふくよかではあるかな?」
多産を最上の美徳とするオンブリアの男たちは、概して肉づきの良い女性が好きである。(経産婦なら、さらによし)
美青年と、その三倍ほどの横幅がある貴婦人は、楽しげに連れだって近くのカフェに入った。しばらくすると飲み物など手にして出てくる。
「くやしいぃぃぃ」
「お察しします」
柱の影からハンカチなどぎりぎり噛みしめそうなリアナだが、フィルは「そうだ」となにかを差し出した。
「朝ごはん、まだでしょう? さっき買ったんだけど、甘いもの食べませんか?」
監視しながら嫉妬の炎を燃やすのにいそがしい少女の口に、フィルが長い指でなにかを押しこむ。さくっとして、まだ温かく、ほくほくしている甘いもの。
「だいたい、ほかにも通ってる女がいるくせに、むぐ」
「やぁ、貸本屋に入りましたね」
「あのセラベスとかいう女はどうなったの? そもそもわたしのことは? もぐもぐ」
「城下にも新しい店が増えたなあ。……マカロン、もうひとつどう?」
「もぐもぐ、その緑色のクリームの、おいしい。もう一個食べたい」
「ピスタシオのクリームですよ。俺もこの味好きだな」
はたから見ると、二人は焼きたての菓子など仲良く分けて食べ終えていた。
(③へ続く)
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【CM】こんなところまで読んでいるあなたはきっと器用貧乏なフィルバート派。マカロンか応援のレビューください。