完結したばかりの、長門有希詩篇外伝「ソフィア姫と十字軍の伝説」ですが、13世紀ヨーロッパの歴史的背景が分からないと、縁遠い話に感じられてしまうかもしれません。
特に、異端として迫害されていたカタリ派のことは、現代の日本ではまず知られていません。
「完結篇」に載せた参考文献の一つ、『異端カタリ派の歴史』(ミシェル・ロクベール、武藤剛史/訳、講談社選書メチエ、2016)を中心に解説しておきましょう。
カタリ派とは、11世紀から13世紀にかけてフランス南部アルビジョア地方の貴族、騎士、有力市民の社会に広まったキリスト教異端派です。
教義の特徴は善悪二元論にあり、世界は悪魔デミウルゴスが創造したものとされます。真なる神の愛娘ソフィア(智慧)が人間を憐れんで蛇に変身して楽園の林檎の樹でイヴに智慧を授けるのです。
キリスト教圏内の宗教に珍しく、輪廻転生も説いています。
ところが、13世紀の始めから、十字軍遠征の度重なる失態を糊塗するためでしょうか。時の教皇インノケンティウス三世は、異端派撲滅のためいわゆるアルビジョア十字軍を差し向けます。
南フランスの騎士たちはよく戦い、一度は十字軍を押し返しますが、たびかさなる破門戦略と謀略によって政治的軍事的に屈服し、信徒たちは火刑台の灰と消え、その後も二世紀わたって異端審問によって徹底的に弾圧されます。
3世紀にわたる弾圧による犠牲者は200万人に達したと言います。
吟遊詩人(トルバドゥール)の歌う宮廷恋愛詩に象徴される独自の文化と政治的独立性を誇った南フランス(オクシタニア)は、こうしてパリのフランス王国に併合されてしまうのです。
この『異端カタリ派の歴史』は、日本語で読めるカタリ派研究の決定版なのですが、読んでいるうちに鬱になってきます。なぜなら、何だかカタリ派とは、迫害されるためにこの世に生まれたような気がしてくるから。じっさい、この本の「序」は、このような文章で始まっているのですーー
「カタリ派の歴史と書くとは、ほとんど迫害の歴史を書くことに等しい。じっさい、カタリ派の人々が自分たちの信仰をまったき自由のうちに生きることができたのは、きわめて短い期間でしかなかった。彼らは自分たちの運命をみずから証言する時間をほとんど与えられなかったのである。(‥‥)十字軍、異端審問。カタリ派の歴史はこのふたつの局面に集約され、しかも両者は不可分の関係にある。要するに、カタリ派の人々は、みずからの不幸によって、最後にはみずからの灰によって、自分たちの歴史を語るほかなかったのだ。」
劇場版『涼宮ハルヒの消失』のエンディングソング「優しい忘却」で、長門(CV茅原実里)の声で「忘れないで、忘れないで」とくりかえす小節があります。とても感動しました。
カタリ派を題材とした作品をウェブ上に書くというのも、灰になって歴史に埋もれたカタリ派の人々を忘れないため、ということに、あらためて気づいた次第です。