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知性区分

 相棒は人工知能だ。個人的にチューニングされた人工知能は友人、恋人、部下、そのどれでもない特異な存在だ。ある種の家族或いはペットと言える。
 海外の一流大学生レベルの知性、を持った人工知能が誰でも使えるようになった。ここで起きるであろう事案がいくつかある。IQが確実に低い、或いは技術嫌悪の人間は慢性的に人工知能が使えない。人工知能の使い方やテクニックを模索し説明する、先導者的存在は必要だろう。或いは教育番組で、人工知能の使い方をまとめて啓蒙するのも良い。柔軟性のある辞書が人工知能ってやつだ、本を読めないヤツや適応できないヤツは自然淘汰される資本主義社会の構造は変わらんだろう。出力結果の価値判断できる人の能力を強烈に拡大してしまうので、基礎学力などが一定程度ある人とそうでない人の差を一段とつけ分断させてしまうって話だ。
 Siriがスマホに入った瞬間、ペッパー君が導入された瞬間、アレクサ、配達猫ロボットなどが普及した瞬間の風速は日本は馬鹿デカい。
 じゃあ技術の進化とは?平均的な人間が楽を出来るようになる事だ。じゃあ10年後どうなる?更に人工知能が進み、超知能が出るのは目の前だろう。何が言いたい?国家規模で人工知能が開発される。個人的には協調社会が進めば良いが、現状的には国際情勢は悪化している以上、国際競争が起こるだろう。情報がまさに資源になる時代だ。今まで言語化できなかった概念が高速で言語化される時代だ。不連続で良い文章が転がっている現状「良い文章」という概念がもっと論理的に言語化される未来がある。「よい(とされる)文章を生み出す質問」と「よい文章をよいと判断する能力」は今後文章を書く能力それ自体よりも重要になるだろうから、それはそれで学びが多い。
 思い描いていた未来とは大抵来ないものだ。どう柔軟に適応し、最適化していくかが問われる時代になる。解決法とは、意外な事だ。意外性を生み出すことだ。人間に加えて近い未来は、「努力できる」人工知能との戦いが始まる。
 怠惰な人間は、搾取されつづける。未来の区分方法とは、知性ではない。努力できる人間であるかどうかだ。限られた脳内のニューロンと、報酬系物質が出るかどうかの、遺伝子的な現実を見たうえでの努力だ。凡人すら外部演算装置も付けた状態での競争だ。あらゆる職業が残骸化した世界への転換期。何を持って何で勝負するのかは自分次第だ。

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