『取材』
――――――
あんたたち?
アタシの話を聞きたいっていうのは。
いいわよ話してあげる、何度だってね。
え? そうよ、なにも知らなかった。あの子が誰かなんて。ただ女の子、髪を短く刈られた子が血相変えて必死な顔で走ってるのを見たの、それから路地に響く声。あいつら、あの悪党が女を追いかけてる声を聞くのははじめてじゃなかったから、それですぐにピンときたの。あンの悪魔、またどっかから子供をかっさらって来たんだって。
前に目の前で死なれてね。その川に飛び込まれて、アタシなんにも出来なかった。ずっと気持ちが残ってて、それでこれは神さまがくだすったいい機会なんだって思ったの。
先回りして――ここらの道はぜーんぶ知ってる。声を掛けた。あの子怯えて震えてた。痩せて怪我をして、可哀想に手にも顔にも血がついてて。十九にはとても見えなかった。でも大きな目を開いてね、アタシなんかの言葉をしっかり聞いててくれてたよ。逃げる方向を教えて、そう、これ、いま被ってるこの布をね、こうして……アア、なに、嫌がるんじゃないわよ、教えてやろうとしたのに。ま、こうして被せてやったの。あんな髪じゃ目立つから、悪目立ちってやつをしないように。
それだけ。名前も聞かなかった。あの子が走っていくのを見てたの、ここから。ほら、橋がずっと見えるでしょ。神さまに祈ってた。ああ、どうかどうか、あの子が無事逃げて、そのなんとか男爵のとこにいる知り合いに会えますように。どうか神さまお願いします、って。
そうだ、渡り終わる寸前、あの子、立ち止まって。あのへんでよ。止まっちゃダメ! って叫んだわここで。聞こえるわけがないのに。あの子しばらくこっちを見てて、ああ、私を探してるんだってわかった。いいから早く行って! って思ったら、駆けていったからほっとした。悪党どもが相変わらずこっちで大騒ぎしてる声は聞こえてたから。胸がスッとした。今どうしてるの、あいつらは。え? 縛り首? そりゃあなにより。世界が少し善くなった。空気も綺麗になった気がするわねえ。アハハ、ドブ臭いって? わかってるわよ。
それから?
それからはいつも通り。橋の上で商売――馬鹿にしないで、そんなんじゃない、まともな仕事よ、あれこれ仕入れたものを……なに笑ってんの、もうここで話すのを止めたっていいんだよアタシは?!
そう、わかりゃいいの。わかりゃ。なにを話してたんだった? それから? ああ、そうだったわね。それからはそれまで通り。でももう、うなされて起きることはなくなった。まあ、そうして生活してたの。あの子のことも忘れてたくらいで。
え? 勿論それは知ってたわ、金持ちの孫の話。あの頃みーんな話してたじゃない。みつかってたのが偽物で本物がいたって話。でもまさかあの時の子がその子だったなんて、まさか、まさか! ちらとも思いやしなかったわ。
だからあの日は、もう、びっくりなんてもんじゃなかった。立派な馬車、そりゃ見たことはあるわ。この橋にいりゃ、日に何度も通っていくんだから。だけどまさかそんな馬車がアタシの前で止まって、王女さまみたいな令嬢がアタシ目指して降りてくるなんて、そんな、そんな。夢に見たこともない。
でも、夢じゃなかった。
あの日、そんなことが起こって――ううん、まるで別人なんだから、あのときの子だなんてそのときにはわかんなかった。
でも、その令嬢が、涙を溜めて駆け寄ってきて、アタシの手にこの布を握らせて。で、言ったの、「やっとこれをお返しできます」って。それで、アッ、って。アッ、あのときのって。
よく見たら大きな茶色の目はおんなじでねェ。
もう、驚いて、嬉しくって、しばらく二人で手を取り合って泣いてさァ。
え? 他に?
いたわよ。あの、ランデールさま。あのひとも降りてきて、アタシなんかに、そりゃあ丁寧にお礼を言ってくだすった。金の髪をした婚約者の子爵も一緒で――え? 子爵の息子? そうなの、あのあと誰かがそう言ってたのよ、あれは子爵だって。そう、子爵の息子なの。ま、同じようなものでしょ。噂に聞いてたよりちゃんとした紳士だったよ! 優しい顔であの子を見てた。
とにかく、その三人に囲まれて、口々に礼を言ってもらって。そう、それでアタシは――いいって言ったのよ、べつに、そんな、礼なんていいって。でも、どうしてもって言うから。そう、それであそこに店が。いいでしょ? 小さいけど。まーさか! 土地をもらったんじゃないよ。タダ同然で貸してもらえてるの。そう、そう。そういうこと。
え? あの店番? 違うわ娘じゃない。アタシ子供はいないんだ。旦那が早くに死んだから。少し余裕ができたから、親、亡くした子をひとり引き取って。え? ああ、そうか、じゃあ娘だ。あんた! あんたアタシの子供だってさ! ハハ、笑ってる。
話せるのはそのくらいかな。会ったのはあのときだけだし。また来るって言ってたけど、来ちゃ駄目だって言っておいた。だって危ないし、こんなとこ。こっち側になんて来なくていい。あの子はあのとき、橋を渡って向こうに行ったんだから。
あんたもそう思うでしょ?
あんたに言ったんじゃないよ、ほら、そっちの。絵ばっか描いてないでなんとか言いなさいよ。なに描いてるの。あら、ありがと、こんな美人に。あんたさ、あとであの子も描いてくれない? そう、うちの――。
わ、これ、あんた上手いね。そう、これ、あの子だ。わかるよ、そっくり。そうそう、こんな顔で幸せそうに笑ってた。
こっちの満足げな顔した猫はなに?
猫なんてどっかにいた?
ま、いいか。アタシの話はこれで終わり。
で、いいでしょ? 仕事があるの。じゃあね。
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