プロローグ
・完析の魔女
「アイリス」「クオリア」…そんな名前を持つ少女たちが、まるで絵画のような、美しいけれど不思議な世界に生きていました。
彼女たちは数字や形、そして宇宙そのものを操る力を持っていて、《《5次元少女》》と呼ばれていました。
その中でもかつては誰にも負けない最強の少女がいました。ネイピアです。
彼女は、相手の弱点を見抜く天才で、どんな相手にも必ず勝つことができることから、“解析の魔女”と呼ばれ、他の少女たちから恐れられていました。
しかし、ネイピアの連勝記録は、ある少女によって突然終わりを迎えます。
その少女は、自分の力をさらに強くするために、宇宙をまるごと飲み込んでしまう恐ろしい存在へと変わってしまったのです。
最強の座を奪われたネイピアは、宇宙を救うため、そしてかつての仲間たちと再び力を合わせるため、立ち上がろうとしていました。
・ミュケイアの少女
『あなたはだあれ?』
わたしは……
闇の中から声が響いてくる。冷たい風がまだ幼い少女の髪をそっと撫でた。彼女の心臓は緊張で早鐘を打つ。
『お願いです、私の妹を助けてください』
その声は切実だった。妹を思うその気持ちが、彼女の心を打つ。彼女は目を細め、その声の主を探したが、闇は何も見せてくれなかった。
条件がある。
彼女の声は静かだが、決意に満ちていた。風が一瞬止まり、緊張感が辺りに広がる。
『条件って何ですか?』
彼女は問いかけた。声の震えがその不安を物語っていた。闇の中で、彼女は未来を思い描いた。妹の無事を、そして自分自身の運命を。
……
東西に伸びる巨大なエルパ大陸。その大陸の西側部分はエルパ大陸と呼ばれ、南にあるミテミア海に面した一番東の半島には、遥か昔、海上貿易で栄えた小さな都市国家があった。
遥か彼方の虚数宇宙、天上大三千世界(スカーバティーブレーン)スメール星。
これは、愛理栖やクオーリア(ラジアナ)が生まれた時代よりもさらに3000年以上昔の紀元前1100年頃の話である。
・取引
早朝、朝日が差し込む静かな島に、異国の船がやってきた。平和な日々を送っていた島の住民たちは、突然の出来事にパニックに陥る。
侵入してきた者たちは、容赦なく島民を襲い、文化を破壊していった。
その中でも、ネイピアの家は特にひどい目にあった。両親を亡くし、妹のアペリーと二人で暮らしていたネイピアの家は、略奪され、家は荒らされ、家族の思い出が詰まった品々はことごとく壊された。
「ここをどけ!」
侵入者たちの言葉に、ネイピアは必死に抵抗する。しかし、数に圧倒され、アペリーは人質にされてしまった。
「お姉ちゃん!」
「こら、暴れるな。大人しくしろ!!」
「殺せ……」
「アペリー!」
絶望の淵に立たされたネイピアだったが、
諦められるはずはなかった。
彼女は必死に抵抗し、一人の侵入者を倒した。
しかし、その隙にアペリーは……。
「きゃあああああ!!!」
「アペリー!」
血の噴水が部屋中を朱一色に染めた。
ネイピアの悲痛な叫び声も虚しく、アペリーはナイフで喉を一突きにされ、いとも簡単に命を奪われてしまった。
その時、不思議なことが起きた。
どこからともなく、奇妙な音が響き渡る。
そして、現れたのは見慣れない服装をした大人の男だった。
「妹さんを助けましょう」
男は言った。
「但し、君が、島を出て私と旅をするという条件で」
男は、条件としてネイピアに取引を持ちかけた。
「どうして私が?」
ネイピアは戸惑うが、妹のアペリーを救うためならと男との取引に応じた。
「取引、成立だね」
すると男は、不思議な力で時間を巻き戻した。
第一話 最初の刺客
「疲れたわね。10年以上も探し続けているのよ。一体、いくつもの宇宙を旅してきたのかしらね?」
ネイピアはため息をついた。
ネイピアは小麦色のサラサラとしたミディアムロングヘアーを持ち、白を基調としたゴシックロリータのファッションに身を包んだ、見た目は幼く可愛らしいお嬢様口調の少女である。
しかし、その外見とは裏腹に、いつも澄まし顔のクールな性格でもある。
「ねぇ、ネイピア。本当にこっちで合っているの?」
相棒のラジアナが不安そうに尋ねる。
ラジアナは、クリーム色の長い髪を後ろで結った、小柄で可愛らしく活発な少女である。スポーティーな服装が多く、やんちゃな男の子のような話し方を好む。
「あら、ラジアナ。私があなたを間違えさせるようなことを言ったことなど、一度もないでしょう?」
「はいはい、そうですとも」
ラジアナは拗ねたように答える。
その時、遠くに声が聞こえた。
「ねぇ、二人ともー!」
「ワープを使うと、アイラに私たちの居場所がバレてしまうのよ。彼女に作戦を立てさせるわけにはいかないわ」
ネイピアは真剣な表情でラジアナに告げた。
「でもさ、ネイピアが追っているアイラって奴は、最初からあたしたちのことは知ってるんじゃない?」
「ええ、知っているわ。でも、私がどんな仲間と行動しているかは知らないはずよ。
5次元人の能力は、自分を中心とした宇宙一つぶんにしか及ばないの。
だから、アイラが私たちから十分に離れていれば感知できないのよ」
「なるほどね」
ラジアナは納得した様子だった。
突然、一人の少女が駆け寄ってきた。
「二人とも、私を無視すんなー!
人の話を聞けー!!」
「あらあら、耳元でうるさいわね。
あなたは確か。ナ…成田さんだったかしら?」ネイピアは首をかしげながら言った。
「違ぁぁああう!私はナルータ!」
「あなたが成田山か◯び太さんかは知らないけど、そんなのいちいち覚えてないわよ」
「だから違ぁぁああう!!
私はアイラ様にあなたたちを探すように雇われているんだもん!」
「はいはい、それはわかったわ。それで?」
「えーと、どうだったかな…」
ナルータは首をひねった。
「あら、わからないのね。私が教えてあげましょう。あなたは私たちの言うことを聞くように言われているのよ」
「あれ?そうだったっけ?
なんか違うような気がするんだけど……」
「大丈夫よ。私がしっかり覚えているから」
「ありがとう♪」
ナルータは笑顔を見せた。
(この子、なんて単純なの!?)
ネイピアは思った。
「じゃあ、私も一緒に行く!」
「駄目よ。あなたには、私たちの周りにスパイがいないかここで見張っていてほしいの」
「え、そうなの?
わかった。見張りね。どっちに行けばいい?」
「スパイなら私たちの後をつけてくるはずだから、後ろをお願い」
「わかった。ねぇ、これくらい後ろでいいかなー?」
「違うわ!
スパイは私たちに探知されそうなところにいないわ!私たちが進む方向とは反対側にずっと進んでちょうだい!」
「了解ー!」
ナルータは疑いもせず元気よく走り出した。
ナルータ。
八重歯とアホ毛のショートヘアがチャームポイントの、ちょっぴりおバカな天然少女である。
第二話 ナルータ
「ネイピア、あんた本当に容赦ないね…」
ラジアナはため息をついた。
「あら?まるで他人事のような口振りね?
あなただって十分に狡猾よ。私にいいように使われないよう、精一杯気をつけなさい」
ネイピアは冷やかに笑った。
「キィー!ネイピアのそのすました顔ムカつく!
この魔女ー!!」
「魔女よ!」
「あ、その通りだっけ」
「あ!あのバカ戻ってきた!」
突然、ラジアナは会話を中断すると、後ろを振り返りざまに言った。
「また、面倒ね」
ネイピアはため息をついた。
「思い出したの。私はアイラ様の命令で、あなたたちを足止めし、情報を集めるのよって言われたんだ!」
「あんた、敵に向かって平気で情報を漏らしてどうするのさ!」
「私は最初から気がついていたのだけど。
ナルータ?あなたの体には送信機がついていたわ」
「ついていたって、どういうこと?」
「大丈夫、もう破壊しておいたわ。
きっとあなた、私に勝てるとはアイラに思われていないわ。哀れね」
「ちょっと待って!なんで?じゃあ、どうしてアイラ様は私を…」
「知らないわよ。でも、常識的に考えて、あなたは捨て駒ね。あなたを私のところに送り込んで、少しでも情報を盗み出そうとしたのでしょう」
ナルータは肩を落とした。
「そんな…」
「まあまあ、そうがっかりしなさんなって?
この機会にアイラとは縁を切るのが一番じゃない?ほら、ナルータ、立てる?」
ラジアナはそう諭すと、ナルータの手を握り引きあげた。
バチン!!
突然のことだった。
ナルータはラジアナの手を強く払いのけた。
「痛たた……」
ラジアナは弾かれた手を腹部に押さえつけながら、痺れが静まるのを待った。
「やめて!」
「何だと!?
ねえネイピア、今の見た?
ナルータの奴酷くない?」
ラジアナはナルータを睨みつけた後、
向き直ってそう言った。
「落ち着きなさい、ラジアナ。
ナルータのあの冷たく鋭い目、これはきっと…」
「2, 3, 5, 7…」
すると突然、ナルータは何かを数え始めた。
「ねえ、ネイピア?ナルータが突然数字を数え始めたよ」
「そうね」
「それに、ナルータの体、どんどん大きくなっている!」
「11, 13, 17, 19, 23…」
ナルータの体は、数える数字とともに指数関数的にどんどん、とんでもないスピードで際限なく巨大化していった。
「これは予想外の展開ね。ラジアナ、あなたも早くここから離れて!ナルータの近くにいては危険よ。とにかく距離をとるの!」
ナルータの体は、もはや元の場所からは全体を見渡すことができないほどに巨大になっていた。
第三話 バーサーカー娘の脅威
「ウォーッ!!」
巨大化したナルータは、狂ったように雄叫びをあげた。
「耳が痛い!一体、何なの…?」
ラジアナは、ナルータをなだめるのに必死だった。
ズドーン!!
突然の無音の衝撃波とともに。
ナルータの巨大な手がラジアナの耳のすぐそばをかすめた。
「わ、わ、わ…」
一瞬の衝撃に、ラジアナは顔面蒼白となり、
腰を浮かせたまま後ずさりした。
「どうやら、今の彼女には説得は通じないようね。あら、ラジアナ。あなた、お漏らし?」
「だって、だって…」
ラジアナは顔を赤らめた。
「そんなに怯えることはないわ。
まあ、精神がお子様なラジアナが、今更おねしょしても不思議じゃないのだけども」
「ネイピア?あんたは怖くないの?
さっき巨大な手が私の耳のすぐそばをかすめたんだよ!
それに、この真空の宇宙空間で、ナルータから距離をとろうにも、引っ張られちゃうんだけど!!」
「そうね…。ナルータは巨大化しただけじゃなく、何か秘密があるわね」
ネイピアはしばらく間を開けてから言った。
「ラジアナ?あなたは神ウニで無敵になれるでしょう?
私はナルータなんとかする方法を考えるから、あなたはその間、なんとかナルータを引き付けておいてくれないかしら?」
「え?ちょっと!あたしは確かに無敵になれるけど、その間はその場に留まることしかできないよ」
「わかっているわ!でも、それしか方法は無いのよ。
あ!ラジアナ!前を見なさい!」
「え?」
ラジアナは慌てて前を向いた。
「わ!わ!避けるの間に合わないよ!!
神ウニー!!」
ラジアナは咄嗟に目と耳を塞ぐと、
神通力の神ウニを使った。
ピカッツツ!!
物凄い量の閃光が宇宙空間に解き放たれた。
「眩しくて、何も見えないわね。
あ、そうだわ!」
ネイピアは何かを思いついたように言った。
「解析眼!」
ネイピアがそう呟くと、彼女の瞳から、普段の妖艶な虹彩が消え、代わりに無数の計算式が浮かび上がった。
「恐ろしい量のガンマ線とエックス線ね。
え?これはどういうこと?」
「ネイピア、前!!」
ラジアナの声で、ネイピアは慌てて視線を元に戻した。
すると、
宇宙空間に漂う無数の隕石が、猛スピードでこちらに向かってきていた。
「ねえ、ネイピア、あれ見て!?」
「ラジアナ?あなたはもう目は慣れたのね」
「そうだよ。それより早くあれ見て!」
ネイピアはラジアナに促されるように、
彼女が指し示す方向に目をやった。
「まさか、これって…」
脅威は隕石だけではなかった。
そこにあったのは、宇宙の星々が、凄まじい勢いで形を変えていく異常な光景だった。
第四話 素数の盾と虚数の矛
彼女達の目には、無数の星々が自分たちに向かってくるように見え、その光景はまるで宇宙が彼女たちを飲み込もうとしているようだった。
「ねえ、ネイピア?さっきから周りの星がどんどん近づいてきてるんだけど!」
ラジアナは恐怖に震わせながら、ネイピアに助けを求めるように言った。
「それは、ナルータの重力が強すぎて、周りの星まで引き寄せられてるからよ」
ネイピアは冷静に答えた。彼女の瞳は、まるで宇宙の奥底を見透かすような深さを湛えていた。
「それ、前に超重力って言ってたやつ?」
ラジアナは不安げに尋ねる。
「そうよ、覚えていたのね。今のナルータは、ものすごく重い星、中性子星みたいなものなの。彼女は今、周りのものをどんどん吸い込んでいってるのよ」
ネイピアは、まるで科学論文を読んでいるかのように、淡々と説明した。しかし、その言葉からは、事態の深刻さが伝わってきた。
「どうでもいいんだけどさ、神ウニがもう限界!これ以上頑張ると、神通力がなくなっちゃう!」
ラジアナは、神ウニを使い続けているせいか、少し疲れた様子だった。
「もうすぐ計算し終わるから、もう少しだけ待って」
ラジアナは神ウニを使いつつも、横目でネイピアの様子が気になって観察していた。
ネイピアの澄んだ瞳には、彼女の神通力の一つ“解析眼”によって複雑な数式が映し出されていた。
「ねえ、今のところ何かわかったことはあんの?」
ラジアナは、せっかちに質問した。
「時間をかけて、ナルータの周りの時間を加速させるしかないってことくらいはね。
それも陽子が壊れるくらい、ものすごく長い時間ね!」
ネイピアは、少しばかり皮肉をきかせつつ、
考え込むように言った。
その言葉に対して、ラジアナは絶望感を覚えた。
「ちょっと待って!そんなの絶対無理っしょ!」
ラジアナは、ネイピアの言葉に反論した。
「普通はそうね。でも、一つだけ方法があるの」
ネイピアは、意味深な笑みを浮かべた。
「何なの?」
ラジアナは、期待と不安が入り混じった表情で尋ねた。
「ナルータの心臓部分、よく見ると数字が渦巻いているのが見えるでしょ?あれが鍵なの」
ネイピアは、指差しながら言った。
「へー、でもそれがどうしたって言うの?」
ラジアナは、いまいちピンと来ていない様子だった。
「ラジアナ。あなた、本当に鈍いんだから。
あの数字こそが、ナルータの強さの秘密なのよ」
ネイピアは、少し呆れたように言った。
「え?どういうこと?」
ラジアナは、首をかしげた。
「あの数字はね、“素数”っていう特別な数なの。どんな数でも割り切れない、とても硬い数なの」
ネイピアは、まるで子供に教えるようにゆっくりと説明した。
「じゃあ、打つ手なしってこと?」
ラジアナは、不安そうに尋ねた。
「大丈夫。私にいい作戦があるわ」
ネイピアは、自信満々に言った。
「作戦?」
ラジアナは、期待に胸を膨らませた。
「そうよ。あの数字の中から、特別な数だけを狙って攻撃するの」
ネイピアは、神通力を使い、空間に複雑な計算式を書きながら説明を続けた。
「ごめん、あたしにはさっぱりわかんない。
どうしてそうすんの?」
ラジアナは、正直に言った。
「簡単に言うとね、宇宙の全てのものは、
数字で表せる波みたいなの。
ナルータの素数の盾を打ち破るには、
特別な波が必要なの。
それを私が即席で作るから、あなたにはそれをナルータめがけて撃って、数字を壊してもらいたいのよ」
ネイピアは、複雑な理論を、ラジアナにも分かるように噛み砕いて説明した。
ラジアナは、まだ完全には理解できていなかったが、ネイピアを信じて、彼女の指示に従うことにした。
第五話 素因数分解
「ラジアナ! 後ろ!」
ネイピアの声が、轟くような響きでラジアナの耳に届いた。
「え?え! ぎゃぁぁああ!!」
ラジアナは振り向き、迫りくるナルータの姿に絶叫した。
ガツン!!
ナルータの攻撃が、間一髪でラジアナをかすめる。
「ヒエ~! 危なかった……」
ラジアナは心臓がバクバクと鳴るのがわかった。
「あなた、命拾いしたわね。 今のナルータのビンタ、あなたの神ウニが間に合わなかったら、一瞬でぺちゃんこか、最悪彼女の超重力で紐状にされて拳の皮膚の一部になっていたわ、フフフ」
ネイピアが、どこか楽しそうに言った。
「フフフって、ネイピアあんたやっぱり容赦ないな~! 親友の最悪な最期を笑って語れんでしょ、普通」
ラジアナは、ホッとしたのも束の間、
ネイピアの言葉に苦笑した。
「お喋りは後!
ナルータの体は吸い寄せた小天体をどんどん取り込んで大きくなっているわ。
このままだと、心臓の核が見えなくなってしまうわ。
ラジアナ? 後ちょっとだけ耐えて!」
ネイピアは、真剣な表情で告げた。
「う、うん」
ラジアナは、必死に頷いた。
ネイピアは目を閉じ、まるで見えないキーボードを叩くように指を動かした。 そしてしばらくすると、目を開けて言った。
「お待たせ。 貴方の首の下、 胸ぐらの奥に座標を合わせたわ。 ラジアナ、自分の胸ぐらから矛を引っ張り出しなさい!」
「え? 何も無いじゃん! 胸ぐらから引っ張り出すって、どういうこと?」
ラジアナは、戸惑いの表情を見せた。
「大丈夫よ。 目を瞑って自分の胸ぐらに片手を入れてみなさい」
ネイピアの言葉を信じて、ラジアナは恐る恐る胸に手を当てた。
「あ! 手、手が体にめり込んだ! え? どういうこと?」
ラジアナは、不思議な感覚に驚きを隠せない。
「そのまま、手探りで矛の持ち手の部分を探しあてて」
ネイピアの指示に従い、ラジアナはゆっくりと手を動かす。
「あ! あった! これ、引き抜いたらいいんだよね?」
ラジアナは、ようやく矛らしきものに触れた。
「そうよ」
ネイピアの声に励まされ、ラジアナは深呼吸をして、ゆっくりと矛を引き抜いた。
「これが矛? こんな巨大な矛がアタシの体の中にあったなんて、信じられないよ!」
ラジアナは、両手で大きな矛を持ち上げ、目を丸くした。
「そう、それが虚数の矛よ!」
ネイピアは、満足そうに頷いた。
・・・。
ラジアナは、あまりの出来事に言葉が出なかった。
「ラジアナ? 今驚いている時間は無いわ。
私が今から狙い打ちする数字を伝えるから!
ラジアナ、準備はいい?」
「あ、うん」
ラジアナは、深呼吸をして覚悟を決めた。
「ラジアナ、5よ!」
ネイピアの言葉とともに、ラジアナはナルータの心臓めがけて飛び込んだ。
「え〜い!!」
心臓を取り巻く無数の数字の中から、【5】を見つけ出し、虚数の矛を突き刺した。
第六話 虚無
ピカッー!!
ラジアナが矛を突き出すと、まばゆい光が辺りを包み込み、一瞬、世界が真っ白になった。無音のはずなのに耳をつんざくような音が響く感覚を受け、視界は白一色に染まる。
ガタン!、ピカー!、ガタン!
光が消えると、矛が触れた数字の両側が爆発を繰り返し、まるでパズルが消えていくように空間がなくなっていく。
虚の爆発音が耳に残り、辺りは次第に静寂に包まれていった。
「ねえ、ネイピア、これってどういうこと?」
ラジアナは不安げな表情で尋ねた。
彼女の声には緊張が混じっていた。
「簡単に言うと、何もない空間に変えているのよ」
ネイピアは冷静に答えた。
「何もない空間?」
ラジアナは眉をひそめ、納得がいかない様子で聞き返した。
「そう。私たちの知っている宇宙は、物質と反物質が常に戦っている不安定な場所なの。
でも、ラジアナの矛は、そのバランスを完璧に中和させて、何もない、とても安定した状態にするのよ」
ネイピアはそう説明しながら、ラジアナの目をじっと見つめた。
「そんなすごい力があるの?」
ラジアナは驚きと共に尋ねた。そんな彼女の瞳は大きく見開かれていた。
「ええ。だから、この作業は早く終わらせないと危険なの。私の力でこの空間を限定しているバリアーが、もうすぐ消えてしまうから」
ネイピアは少し焦りの色を見せながら答えた。
「バリアーが消えたらどうなるの?」
ラジアナの心臓は早鐘を打ち、息が詰まる思いだった。
「何もない空間がどんどん広がって、宇宙全体が何もない無の状態になってしまうのよ」
ネイピアの声は冷静だが、その言葉が持つ重みがラジアナの心に響いた。
彼女は一瞬、何も言えずにただその場に立ち尽くした。
第七話 ネイピアとアイラ
「最後の一つ、えーい!」
ラジアナは最後の数字を指し示し、全身の力を込めて叫んだ。その声には、迷いのない決意が宿っていた。
ガシャーン!
崩れゆく構造物。それは、パズルゲームをクリアした時のように、爽快で美しい光景だった。
ラジアナは満足げに息を吐き出し、胸いっぱいに達成感を味わった。
「ねえ、ネイピア? やったよね?」
彼女はそう尋ね、ネイピアの顔を見た。
「ええ、よくやったわ」
ネイピアは微笑み、ラジアナの肩を軽く叩いた。そんな彼女の瞳には、誇りと安堵が入り混じっていた。
崩れゆく構造物の中から、ようやくナルータが現れた。
「いたたたっ!」
彼女は激しく尻もちをつき声を上げた。
ラジアナは慌てて駆け寄るとナルータに謝った。
「ごめんね、加減わからなくて」
「も〜!!」
ナルータはふざけて怒ってみせたが、その表情はどこか嬉しそうだ。
しばらくして、ナルータは首を傾げ、自分の顔を指さす。
「ねえ、ネイピア。私の顔に何かついてる?」
彼女の瞳には、不安が滲んでいた。
ネイピアはナルータの顔を見つめ、しばらく何も言わない。
その間、二人の間には、何か重く暗いものが漂っていた。
ラジアナは二人の様子が気になり、声をかけた。
「どうしたの、ネイピア? いつもと様子が違うじゃん」
ネイピアは深呼吸をし、ゆっくりと話し始めた。
「実は、ナルータに聞きたいことがあるの」
彼女の表情は真剣そのものだった。
「うん、いいよ」
ナルータは少し緊張しながら答えた。
「あなたは、アイラにどこで出会ったの?」
ネイピアの問いかけに、ナルータの瞳がキラキラと輝く。
「夢で出会ったの。すごくリアルな夢でね。
アイラは、私がミッションを成功させたら、もっと賢くしてくれるって約束してくれたんだ」
「すごいじゃん!」
ラジアナが感心したように言う。
「アイラ様が願いを叶えてくれるなんて思いもしなかったよ」
「そうね。ところで、ナルータ?
あなたがさっき言ってた顔に付いてたのって発信器なんだけど、それが気になるのよね……」
ネイピアは眉をひそめた。
「ねえ?つまり、アイラ様には、私以外にも協力者がいるってこと?」
ネイピアの言葉に、ナルータはハッとして尋ねた。
「そうみたいね。でも、私がアイラと戦った時は、彼女一人だったわ」
ネイピアは再び、そう言って深い溜息をつく。
「ごめんな、間に入って。
ところで、ネイピア?ずっと聞きたかったんだけどさ、どうしてアイラを追いかけてんの?」
ラジアナは忖度無しにそう尋ねた。
ネイピアは静かに目を閉じ、遠い過去を思い出しているようだった。そして、ゆっくりと話し始めた。
「実は私とアイラはね……、昔は親友だったのよ……」
※この話のつづきはサポータープログラムで近況ノートに先行掲載させていただいていますが、
2025年春に正式タイトルとして一般公開(無料)する予定です。
みなさんからの応援の力で
私のモチベーションは上がり更新への力強い励みになります。
今後ともよろしくお願いします