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『おっさん』非限定SS 「お湯にどっぷりとつかる(前半)」

本来は三月の卒業旅行シーズンに合わせて、まったりとした温泉回を描く予定だったのですが、右肘と肩を故障して一か月遅れになってしまいました。そのお詫びといってはなんですが、前半と後半の二編に分け、増量してお届けします。

なお、この話は『おっさん』の第61話「色々と説明を受ける」の続きとなっていて、かつ第62話の「お湯につかる」とも対応していますので、まだお読みでない方はそちらからお願いいたします。


※非限定近況SSとは…サポーター限定公開のSSのうち、前後半、あるいは序中終盤のように数編に分かれていて、その最初の一編だけ公開したものになります。次話からは限定公開となりますので、その旨ご了承くださいませ。


―――――


 イナカーンの街の冒険者ギルドの受付嬢パイ・トレランスは公衆浴場で着替えをしていた。

 本当はもう少し仕事をこなしてからゆっくりとつかりたかったのだが、リンム・ゼロガードと元A級冒険者のオーラ・コンナーに付き合って、ついつい浴場まで足を運んでしまった格好だ。

 そのパイはというと、裸になってから浴場で用意してある大きなバスタオルを体に巻くと、

「あら? 今日は貴女が依頼《クエスト》を受けていたの?」

 そう声をかけて、まだ少女の駆け出し冒険者に貴重品などを預けた。

「はい、パイさん。そろそろ領都に行こうと思っていまして、その資金稼ぎで受けたんです。この時間帯で私にやれる仕事って少ないですから」
「なるほど。ついに向こうに行っちゃうのかあ。寂しくなるわね。じゃあ、彼氏さんも?」
「一緒に行く予定です。彼も今は男湯の方の脱衣所で同じ依頼を受けているはずですよ」
「そっか……」

 若い二人組冒険者の仲の良さがパイには何だかとても眩かった……

「やっぱり、私もお義父さんみたいに……冒険者になればよかったのかなあ」

 そして、浴場に向かいながら、パイは「ふう」と短い息をついた。

 孤児院出身で冒険者になった者たちは全員が王都へと出て行ってしまった。そっちの方が稼げるからだ。リンムのように出身街にずっと留まる冒険者はとても珍しい。

「それに私が冒険者になっていたら、きっとスーシーちゃんの後を追いかけるようにして、|フタちゃん《・・・・・》みたいにA級冒険者を目指して大陸中を駆け回っていたかもしれないしね」

 パイの世代では神聖騎士団長にまで成り上がったスーシー・フォーサイトは立身出世の英雄譚に出てくる人物に等しい。

 当然、そんなスーシーに刺激を受けた孤児たちも多くいて、その一人である|フタ《・・》は今や名前も変わって、王国の冒険者の新たな頂点に君臨しているほどだ。

「でも、私は……お義父さんのそばにいるって決めたから」

 育った孤児院と共にありたいと、パイも、リンム同様に給金をわずかながら寄付している。

 たしかに冒険者になった方がもっとお金を稼げたかもしれないし、様々な経験を積むことも出来ただろう。だが、パイはとうの昔に人生を定めたのだ――義父と共にたくさんの家族たちが巣立っていった場所を守りたい、と。

「さて、湯加減はどうかしら?」

 パイはぶんぶんと頭を横に振って、浴場にやって来た。

 この街の公衆浴場が諸事情によって充実していることは知っていたが、それでもパイには一つだけ不満があった。

 というのも、依頼を受けた魔術師の腕次第で薪釜《まきがま》の火加減がころころと変わるのだ。以前、この依頼をよく受けていた冒険者は熟練の域に達していたが、最近受け始めた者はまだ慣れていないせいか、たまに肌に絡みつくほど熱いときがある。

 だから、パイは恐る恐ると片足をちょこんと入れたわけだが……

「あら? ふふ。これは最高じゃないの」

 今度、受付にその冒険者が来たときには褒めてあげようと考えつつ、パイは肩まで入りながらふいに数メートル先に視線をやった――

 そこには凛々しき女性の冒険者がいた。

 同性としてみても目を見張るほどの美しさで、思わず絶句しかけたほどだ。

 しかも、スタイルも抜群だ。さっきまで若い駆け出し冒険者たちの恋仲をわずかながらに妬んでいたはずなのに、そんな思いが些細なほどに、パイはこのナイスバディに嫉妬してしまった。

 もちろん、パイとて孤児院出身のお姉さんとして、それなりに豊満な肉体を誇っている。少なくとも、義父に色目を使っている聖女|もどき《・・・》よりかはよほど自信を持っている。実際に、体に巻いたバスタオルだって、はちきれんばかりだ。

 だが、この女性の冒険者はどうだ?

 たとえるならば、パイがムラヤダ水郷近くにある小山だとしたら、あちらの女性は王国と帝国とを遮っている巨山だ。しかも、どういう訳か、天嶮霊峰のように誰も近づけない雰囲気《オーラ》まで醸し出している……

 だからこそ、パイは首を傾げた。

「あんな女性の冒険者って……この街にいたかしら?」

 当然の疑問だろう。パイはギルドの受付として、この街にいる冒険者なら全員把握している。

 また、冒険者に限らず、街の住民はもちろん、定期的に領都からやって来て入れ替わる衛兵たち、何なら最近やって来て街の周辺も含めて巡回してくれている神聖騎士団の騎士たちの外見――それどころか、彼らの素性まですらすらと暗誦出来るほどだ。

 そんなパイの見立てによると、この女性は兵士や騎士ではないし、もちろん街の住民でもない。ということは、冒険者か、旅商人か、はたまたどこかからか流れてきた犯罪者になるわけだが……

「朝市で見かけなかったから商人の線は薄いわね。それに、犯罪者が堂々と公衆浴場に裸一貫で入るとも思えないし……」

 ということは、夕方にやって来たばかりの冒険者かな、と。

 パイはそう結論付けて、とりあえずお湯を楽しむことにした。すると、背後からふいに声がかかった。

「あれ? パイ義姉《ねえ》さん。もうギルドの仕事は終わったの?」
「スーシーちゃん! そっちこそ、さっき街の外の幕舎で報告云々って言って――」

 パイはそこで言葉を切って、浴場に入ってきたスーシーをまじまじと見つめた。

 スーシーがバスタオルもろくに巻かずに全裸で入室してきたからだ。たしかに、子供の頃は人目も気にせず、スーシーも、パイも、そのままドボンっと、浴場によく飛び込んだものだったが……

 さすがに大人の淑女となった今では、一糸纏わぬ格好で浴場にやって来るのはマナー違反だ。

 まあ、スーシーとしては勝手知ったる地元だから羞恥もさほど感じないのかもしれない。もともと男勝りな性格な上に、今だって女性としてあまり自身を飾り立てていない。そうはいっても、さすがに騎士団長になるだけあって、鍛え抜かれたしなやかな肉体を誇っている。

 胸があまりないのは……相変わらずだが、鎧を纏うのだからむしろ好都合か。

 細身で、無駄な贅肉が一切付いていない、豹のような完成されたスタイルは――最近ちょっとばかし肥り始めたかなと気になっていたパイにとっては羨ましくもあった。

 そんなスーシーに従うようにして、先ほど冒険者ギルドに来ていた女騎士のメイ・ゴーガッツとミツキ・マーチも入ってきた。さすがにこの二人は貴族子女だけあって、きちんとバスタオルを巻いている。

 メイは小柄で、巨斧を振り回せるとは到底思えない子供みたいな体つきだ。ただ、胸だけはパイと同等以上にある。かなりアンバランスな肉体と言っていい。その一方で、ミツキは長身でやせ細っている。あれで騎士としてやっていけるのかと、パイも首を傾げたものだが、長髪は絹、かつ肌は白磁のように煌めいている。

「さ、さすがは……騎士といっても貴族出身よね。私も……何だか負けていられないわ」

 別に競う相手でもないはずだが、今日はどうやら法国の第七聖女ティナに当てられたせいか、パイもめらめらと他の女性たちに対抗意識が芽生え始めた様子だ。

 とはいえ、パイは先ほど切ってしまった言葉を続けた――

「スーシーちゃんこそ、報告云々の件はどうなったのかしら?」
「イケオディがギルマスのウーゴ殿に急に呼び出しを喰らって、手持ち無沙汰になったのよ」
「ああ、そういえば……団長のスーシーちゃんがイナカーンに到着したら、ここに滞在している間は街外の幕舎じゃなく、教会そばにあるギルド所有の空き館でも借り受けようかって二人で話をしていたはずよ」
「へえ。それで暗くなる前に契約でもしに行ったのかしらね。じゃあ、お風呂から出たら、早速引っ越しの準備かな」

 スーシーはそう言ってドボンと無造作に浴槽に入って、子供時分みたいに泳ぎだしたくなる衝動をこらえつつも、そこでふいに「ん?」と首を傾げた。

 同時に、パイは眉をひそめた。というのも、スーシーが先ほどの女性の冒険者をじっと見つめていたからだ。いや、それは正確ではない――むしろ睨みつけていると言った方がいいかもしれない。

 だから、パイがあたふたと、「失礼だよ、スーシーちゃん」と仲裁に入ろうかと思った直後だ。

「ねえ。どうして、|チャル《・・・》がここにいるのよ?」

 スーシーはそう言って、下唇をツンと立てると、女性の冒険者ことダークエルフの錬成士チャルに問いかけたのだった。

2件のコメント

  • きゃっきゃふふふな展開とは程遠い、不穏さが漂う話ですね。本編では行方を眩ませていたチャルも出てくるなんて。
    後半が楽しみです。
  • 天狗馬様

    コメントありがとうございます! 最初は漫☆画太郎先生をリスペクトして婆さんネタで一話書こうかなと思ったんですが……書いていてあまりに筆が乗らなかったのでこういう話になりました。
    わりと本筋で拾うべき話も盛り込んでいます(フタとかチャルがいることとか)。

    「きゃっきゃふふふ」がない?
    だってまだあの娘が出てないじゃないですか。だからこその後半です(そしてついに婆さんが出てくる)。
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