「たいく、では無い。たいいく、体育教師だ」
「教師は分かりますが、体育とはどの様な学術なのでしょうか?」
「今は知る必要は無い。 新たな世界でのことは、実際に生を受けてから学べばよいからな」
「はぁ」
「では、転生の儀式を始めるぞ。 何か他に聞いておくことは無いか?」
聞きたいことは山ほどあるが。
「あなたは、神様なのですか?」
「神では無いな。石だ。 そなたのような死んだ魂の裁定をする為、ここでこうしてプカプカ浮いておる」
魂の裁定?
聖教会の教えには無い物だな。
「他に聞きたいことは無いか?」
そうだ、陛下はご無事だろうか。
「陛下と王妃様と姫様の御三方は、無事に逃げることが出来たのでしょうか?」
「陛下というのは、カール・シャルド・ヘンケ・ハインツ・ド・ササニシキ9世のことか?」
「はい。カール陛下はご無事なのでしょうか?」
「カール・シャルド・ヘンケ・ハインツ・ド・ササニシキ9世は死んでおるの」
「く・・・」
やはり、あれだけの数の包囲網ではダメだったか。
無念。
「王妃のアンナ・シャルド・ヘンケ・ハインツ・ド・ササニシキも死んでおるの。二人とも既に魂は神の国へと旅立っておるぞ」
「そうですか。 心安からなる旅立ちをお祈りしております・・・・あ、姫様は!マノン様は神の国へは? まさか無事に逃げおおせたのですか!」
「うーん、マノン・シャルド・ヘンケ・ハインツ・ド・ササニシキも死んでおるの。 ただ、魂は神の国へは旅立っておらぬな」
「そ、それはどういうことで?」
「そなたと同じだな。 マノン・シャルド・ヘンケ・ハインツ・ド・ササニシキも人、殺しすぎ~」
「な、なんと!?」
あの虫をも殺せぬ心優しきマノン様が・・・あの日、姫様の身にいったい何が・・・。
「まぁ気にするでない。今は他人のことよりもそなた自身のことだろう」
「そうですね。 陛下たちのことは無念ですが、今更詮無き事」
「もう良いか? では、転生の儀式に入るぞ。 新たな生を受けるとそなたの魂は次の世にて母体に宿ることとなる。 つまり赤子として新しい生を受ける。そして、そなたのこれまでの記憶や知識は封印される。 そなた自身がイチから目で見て耳で聞いて手で触れて、新たに知識と経験を身に付けるのだ。 役目に関しては、そなたが望まぬとも運命が導くであろう」
「ま、待ってください!記憶が封印ということは、サリナとアイナのことも忘れてしまうというのですか!」
「正確には喪失では無く封印であるぞ。 無事に徳を積み業を清算致せば、再び魂となった時に魂の記憶の封印は解かれるだろう」
「な、なるほど。それなら得心致しました」
「では始めるぞ」
「はい。ひと思いにどうぞ」
「お?そなたもだんだん分かってきたな。潔いのは良い心がけだ。 そういえば、マノン・シャルド・ヘンケ・ハインツ・ド・ササニシキも中々潔かったな」
「え?マノン様?」
俺の最後の問いかけに水晶は答えず、代わりに水晶はゆっくりと回転を始めた。
そして、回転が始まると同時に、教会の鐘の様な音が頭上から鳴り始めた。
カンコーン、カンコーン、カンコーン、カンコーン、カンコーン
鳴り響く鐘の音を20ほど聞いていると、次第に睡魔が襲って来て、俺は意識を失った。