あれだけの事故だったにもかかわらず私自身の体は擦り傷や打撲が主で骨折さえもなかったので退院までは早かった。病院の先生には何度も奇跡みたいだと言われた。
私は誰が奇跡を起こしたかを知っているので何も言えなかった。
一ヵ月もすると顔の大きな傷以外はほとんど包帯などもとれて日常生活を送るのには問題ない状態になっていた。
だけど私は毎日自分の部屋から出ることも出来ずに過ごしている。お母さんが部屋の前までご飯を持って来てくれてそれを食べるだけ。トイレはこっそり行って、お風呂はお母さんが寝てからこっそり入っている。
お父さんは単身赴任先の仕事を引き継いでもう少ししたら帰って来てその後はずっとこっちにいてくれるそうだ。
クラスの担任の高田が何度か尋ねてきているがこんな包帯で顔を半分隠した顔で出られるわけがない。高校に関しては怪我の療養のために休学中ということにしてくれているようだが学校への復帰なんてなんてしてどうなるのだろう。
あれだけの事件を起こして多くの人に迷惑をかけて何よりも恭は、多々良恭介は私が原因になって起こした事故によって命を落としてしまった。西田先輩も結局半身不随の状態になって高校を退学したと聞いた。
することもない私はたまたま部屋の中にある日記を開いた。私が心臓の移植手術を受けてこの世界の姫川陽菜として意識を取り戻すより前の陽菜の日記。小学生の頃の字だからあんまり上手じゃない字で毎日それでも一生懸命書かれていた。私もあの頃はこんな字を書いていただろうか。
時には数日日付が飛んで、何日間か寝込んでいたという書き出しで始まるから私と同じように病弱だったのだろう。
私はその病弱さゆえにワガママになって元の世界の幼馴染の恭介に好き放題言っておちんちんを揉んだり、写真を撮ったりしていた。
なのにこちらの世界の姫川陽菜は全然違ったのだ。毎日できないことが多いなりに、病弱で辛いなりに日々を一生懸命過ごしていたことがその日記からは伝わってきた。
日記をめくっていくとある日を境に書き始めが変わった。「恭ちゃんあのね」という書き出しがすごく多くなったのだ。
その頃に陽菜は恭への気持ちに気付いたんだろう。心臓の状態悪化に伴ってどんどん体はつらくなっていくのに日記の中の陽菜は毎日が幸せだという。
あの頃の私には毎日が地獄だったのに。元の世界の恭介からも「もう耐えられないヒナちゃんのそばにいるのはヤダ」と言って距離を置かれ、心臓のつらさで毎日寝て過ごしていたはずだ。
日記の最後の数日になるとアメジストのペンダントの話が出てきた。脳死のドナーからの移植予定が決まって心臓移植のめどが立った。
心臓を摘出してからすぐに手術が始まるために明日にも入院するという日も「恭ちゃんあのね」という書き出しで日記は始まる。
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4月9日
恭ちゃんあのね、今日は恭ちゃんのおかげで生まれてから一番幸せだったの。
ううん、きっともっと幸せな日はもっと来るって思う。だって心臓のいしょく手術が終わたらもっと幸せになるんだもん。
恭ちゃんが結婚の約束をしてくれたのは小学校6年生の時だったけどあれは病気で苦しんでる私をなぐさめるためだったんだよね。だってあのままだったら私は長く生きられなかったから。
でもぞうきいしょくが決まった。私の心臓をこうかんしてもらえることになったから。きっと私は良くなって恭ちゃんのお嫁さんになれると思う。
そしたら、私のだんな様としてずっとずっとそばにいてね。約束だよ。
そう、約束。今私の胸には恭ちゃんがくれたアメジストのネックレスがついているの。お母さんからは無くしちゃったらいけないから外しなさいって言われたけどもうちょっとつけてる。
手術が怖くて泣いていたら恭ちゃんが来てくれた。ネックレスを首につけてくれて病気へいゆのお守りって言って私にプレゼントしてくれた。
手術が終わって陽菜の意識が戻ったらこのネックレスをもう一回つけてくれるって。そしたら元気になってまたいっぱい遊びに行こうって言ってくれた。
本当に嬉しい。怖いけど私は手術を頑張ってみる。あれ? 病院の先生が手術してくれるのに私に頑張れることなんてあるのかな?
よく分からないけど恭ちゃんに聞いたらきっと「良く食べて良く寝るのが陽菜の仕事だろ」って言ってくれると思うから手術の日まで頑張るね。おやすみ恭ちゃん。
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私はその日記を読んで泣いてしまった。あまりの号泣っぷりにお母さんが部屋の中まで様子を見に来たほどだ。
私はこの子から恭を奪ってしまった。この子は本当に大好きだった恭と引き離されて、なのにその恭から愛された私は彼の手を振り払うようなことをしてしまった。
裏切って傷つけて最後は死なせた。もう取り戻せないのは分かっている。後悔してももう遅い。恭は死んでしまってこの世界のどこにもいないのだから……
泣き続ける私をお母さんはギュッと抱きしめて何も言わずにずっと頭と背中を撫でてくれた。私が泣き疲れて眠ってしまうまでそうしてくれていたんだと思う。
次の日、生きていてももう仕方ないと思っていた私を訪ねてきたのは恭のお母さんだった。
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本編をお読みいただきありがとうございます。第10話の後のヒナの物語をお届けします。
ヒナアフター第1話となりますので読み始めはここからです。
週一話更新でお届け予定で、本編終了後、こちらの物語は本編の後日譚として公開していく予定です。