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忌み子転生 第5話 赤子、ギャン泣きする

「あああ、あぃ! あああ、あぃー! あぃ!」

 ギャン泣きの効果は覿面だった。
 すぐに騒ぎとなり、慌てた女の一人がボクを宥めようとする。
 しかし、考えが甘い。

 ボクはお前たちを助けた。
 それは、ボクのことを育てるという約束あってのことだ。にも拘らず、お前たちはこのボクを放置した。
 だからこそ、罰としてギャン泣きしてやったのだ。
 賊を瞬殺できるほどの力を持つボクのギャン泣きに女たちがギャン泣きしそうな表情を浮かべる。

「あああ、あぃ! あああ、あぃー! あぃ!」

 ふふふっ、扱い辛いだろう。思わなかっただろう。
 お前等が敵わなかった賊を瞬殺した赤子にギャン泣きされるなんて……
 絶対に泣き止んでやらないんだからなっ!
 ボクの声帯を舐めるなよ?
 地獄で鍛えられた声帯は強靭。いつまでも泣き続けることができる。
 ボクを放置した罰だ。
 困って困って困り果てても泣き続けてやるっ!
 涙が枯れるまで泣き続けてやるっ!

「ふえっ……ふえっ……ふえぇぇぇぇーん!」と泣いてやると、女たちが困り顔を浮かべた。
 はははははっ!
 馬鹿め、ボクをぞんざいに扱うからそうなるのだ。
 精々、大衆の前で恥をかくがいい。
 それとも、泣き喚くボクを叱るか? 叱って見るか?
 それなら余計に泣き叫んでやるぞ?

 それとも見捨てるか?
 そうしたら、ボクもお前たちを見捨てるぞ?
 賊十人を屠ったのはボクだが、果たして、賊が仕掛けてくる報復に耐えられるかな?
 ボクなら耐えられるぞ?
 むしろ、嬉々として地獄送りにしてやる。
 だが、お前たちはどうだ?
 無理だろ。無理だよな。対処できるなら最初から攫われてないもんな!
 つまりそういうことだ。最初からお前らには、ボクを育てる以外の選択肢はない。
 さあ、どうした!
 ボクを笑わせて見せろっ! 黙らせてみせろっ! 慰めて見せろっ! このグズリを止めて見せろっ!

 そんなことを思っていると、女たちは姑息な手段に出る。
 なんと、ギャン泣きするボクを家の中に入れたのだ。ボロボロに破壊された店内でも、壁があれば、鳴き声が緩和されると思ったのだろう。

 ――甘いんだよ。

 それを察知した瞬間、ボクは式神に拡散の術式を刻み込んだ葉っぱをそこら中にまき散らした。結果、なにが起こったのか……。

 ギャン泣きの拡散だ。それを町中に拡散してやった。
 それも六倍の音量で!

「あああ、あぃ! あああ、あぃー! あぃ!」

 ボクを舐めるな。
 千年だ。千年もの長い年月、地獄で獄卒鬼相手に陰陽術の練習をしてきた。
 この程度のことでボクを止められると思うな!

 ギャン泣きしていると、女の一人がボクをベットに置き、両足を持ち上げた。

 うん? 何をやっている。何でボクの両足を上げた?
 意味がわからない。ギャン泣き継続だ。

「――あふんっ!?」

 ヤベッ、変な声が出た。急に羞恥心が湧いてくる。
 何故、こんな恥ずかしい声が出たのか。それは女がボクをV字開脚させ、まじまじとケツを確認してきたからに他ならない。
 どうやら、排泄物がケツから漏れ出て泣いているのだと勘違いしたらしい。

 出てないから、排泄物なんて出てないから!
 ケツをまじまじと見るの止めてっ!
 地獄の獄卒鬼ですらそんな羞恥プレイしなかったぞっ!

 ダメだ。このままでは、ボクの恥ずかしい声が周囲にダダ漏れになってしまう。
 この女、まさかそんな姑息な手段に打って出ようとは思いもしなかった。
 このままでは拙い。
 ボクの恥ずかしい声が六倍の声で拡散してしまう。
 おのれ女めっ! 謀ったなっ!

 とりあえず、術式を解き、声の拡散を止める。
 ついでにギャン泣きも止めてやると、女はホッとした表情を浮かべた。

 屈辱だ。まさかV字開脚させられた上、股間とケツを凝視されるとは……
 しかも、排泄物がケツから出て不快感から泣いていると思われるとは……

 排泄物なんて出る訳ないだろっ!

 心の中でそう声を上げた瞬間、腹に力が入り、ケツからなにかが漏れ出てた。

 えっ? 嘘でしょ??
 ボク千歳児だよ??
 誤爆してしまうなんて、ボクの肛門括約筋はどうなっているんだ?
 それに地獄じゃ排泄物なんて……あ、飢餓地獄では出てたわ。
 垂れ流しだったわ……
 食べることに必死で、それ所じゃなかったから失念していた。

 女が「ああ、やっぱりね」と言って汚い布を持ってくる。

 おい、女。その汚い布で何をする気だ。まさか、ボクのお尻の汚れをその汚い布で取り除く訳じゃないだろうな? 違うよな?
 女は「今、汚れを取りますからね」と言って汚い布をボクのお尻に当ててくる。

 ちょ、待ってー! あ、あふんっ! あ、ちょっと、止めてーっ!
 あ、ああっ! 尊厳がっ! ボクの尊厳がぁぁぁぁ!

 女はボクの足をV字に上げたまま、汚い布を使い前から後ろに向かって汚れを取っていく。

「はい。綺麗になりましたよ」

 女は満足そうにそう言うと、ボクに布おむつを穿かせる。

 もう、地獄に帰りたい。羞恥心で死にそうだ。不死だから死ねないし帰れないけど……
 まさか、人間にケツからでた排泄物を拭きとられるとは……

 地獄でもこんな羞恥心、味わったことがない。
 やはりこの世界は地獄より地獄だ。この世の理不尽さに何かもうグズリそう。

 両手で顔を隠していると、ファイア・オブ・プロメテウスが念話を送ってくる。

 えっ? 慰めてくれるの?
 うん。なるほど。人間はクソ袋だからクソをするのは仕方がないって?

 え? お前、ボクのことをクソ袋だと思っていたの?

 とりあえず、ファイア・オブ・プロメテウスが人間のことをクソ袋だと思っていることだけはよく解った。

 確かに、閻魔大王の持っていた叡智の書にもそんな記述があったからな。
 人間とは、食べて寝てクソして動く感覚器の詰まったクソ袋だって。
 認めよう。確かにそうかも知れない。

 この世界に置いて人間はクソ袋。つまり、閻魔大王のクソ野郎はボクのことをクソ袋に転生させた訳か。閻魔大王の嫌がらせにも困ったものだ。
 やはりこの世界は地獄より地獄見たいな世界だな。
 早く地獄に帰りたい。その気持ちがより強くなった。

 ――となればこうしてはいられない。

 数多くの人間を地獄送りにし、閻魔大王に陳情を上げさせ、閻魔大王に直接、ボクの不死性を無くさせる。
 そのために、できることから始めよう。

「獄卒鬼――」

 瓦礫の破片に遠隔で術式を刻み、獄卒鬼を五体召喚する。
 ボクのおしめを変えた女たちは別室で倒れた男の介抱中だ。

 比較的人間の顔に近い獄卒鬼を召喚すると、壊れた店の片付けと修繕を始めた。
 死んだ馬は綺麗に捌いて肉にし、割れたガラスの破片と土砂を外に運んでいく獄卒鬼。
 流石は獄卒鬼。よく働いてくれる。この調子なら数時間で片付けと修繕が終わりそうだ。
 そんなことを考えていると、背後の戸が開き、女が「きゃああああっ!」と歓喜の声を上げてぶっ倒れた。
 そういえば、初めて獄卒鬼を見た時も気絶していたな。獄卒鬼を見ただけで気絶するとは軟弱な奴だ。

「ファイア・オブ・プロメテウス……」

 ボクがそう呟くと、ファイア・オブ・プロメテウスが倒れそうになった女を背後から支え、床に寝かせてやる。
 すると、もう一人の女も「きゃああああっ!」と歓喜の声を上げてぶっ倒れた。
 やかましい女たちである。
 もう一人の女もファイア・オブ・プロメテウスに介抱させると、とりあえず、布団を敷き、賊に襲われボロボロとなった男が寝ている部屋に放り込んでおいた。

 声を聞きつけ、誰かやってくるかと思ったが、意外なことに誰も店を訪ねて来ない。
 まあ、賊に襲われ店内はボロボロになっているからな。そんなものか。

 とりあえず、邪魔者は夢の中。
 今の内に、片付けと修繕を済ませてしまおう。
 そうでなくては、次のイベントがやってこない。

 絶え間なく流れ込んでくる他者の思念。
 そのお蔭で、次、この店になにが起こるのか事前に察知することができる。

 地獄に帰るためとはいえ、人間を地獄送りにしまくる訳にはいかないからな。
 とりあえず、当座は地獄送りにしても問題なさそうな人間を地獄送りにすることにしよう。

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