これは司が海辺を氷河化した後の話。
「――報告します! ソルジャの町方面から魔導兵が襲来! 冒険者の力を借り、魔導兵を撃退しました。現在は魔導兵の侵攻を防ぐため、海辺に氷河の壁を築いております!」
「……は?」
兵士が魔導兵の侵攻と、それを防ぐため一時的に海辺を氷河化したことを伝えると、メイルストロムの町の領主、メルローは宙を仰ぐ。
「……ごめんなさい。色々、あり過ぎて少し混乱しているみたい。もう一度、報告してくれる?」
「はい! ソルジャの町方面から魔導兵が襲来! 冒険者の力を借り、魔導兵を撃退しました。現在は魔導兵の侵攻を防ぐため、海辺に氷河の壁を築いております!」
兵士の報告を聞き、再び、メルローは宙を仰ぐ。
「(――い、意味がわからない。一体、何が起こっているの……)」
メルローはこの町の領主にして凄腕の占い師。
これまで、町で発生する事件を事前に察知することでメイルストロムの町を発展させてきた。
「(魔導兵の襲来と、それを防ぐための氷河化……それほどの大事件であれば間違いなく占いに出るはずなのに……)」
メルローの占いは、モンクエ4の物語になぞられている。
そのため、物語と関係のない司の行動と、物語が破綻したため起きたグリモアの独断を占うことができずにいた。
「(……占いが役に立たない以上、その司という冒険者に話を聞くしかなさそうね。海を氷河化?した理由も聞きたいし)その冒険者をここに連行してきなさい。詳しく話を聞きたいわ」
「はっ! 承知致しました!」
部屋から出ていく兵士を見送ると、メルローはため息を吐く。
「一体何が起こってると言うの……」
占いに頼り切っていたためか、メルローはアドリブに酷く弱い。
普段、メルローが人を呼ぶ際、何気なく使っていた連行という言葉……
メルローは1時間としない内に、その言葉を使ったことを後悔するのだった。
◆◆◆
「領主様! 井上司を連行しました!」
「…………!?」
領主の部屋に通された司の姿を見て、メイルストロムの町の領主、メルローは宙を仰ぐ。
「(や、やってしまった……)」
メルローには分かる。
目の前にいる存在は、決して手を出してはならぬ存在。人ならざる化け物だ。
にも拘らず、その存在の手首には、手錠が掛けられていた。
「(な、何でこんな事に……)」
当然の事をしたと謂わんばかりの兵士長とは裏腹に疑念に満ちた視線を向けてくる司。
メルローは心の中で頭を抱える。
「――すいません。これはどういうことですか?」
「(…………!?)」
正直、今すぐ謝罪したい気分だが、部下の手前、下手に謝罪することもできない。
メルローは頭の中で謝罪しつつ、司に話しかける。
「……いえ、少し聞きたいことがありまして。部下からの報告で、ソルジャの町方面から魔導兵がやってきたと聞きました。魔導兵を通さぬよう氷河で港を封鎖したとも……聞けば、あなたは3日経てば魔導兵は動きを止めると言ったそうではありませんか。その理由を聞かせて頂けませんか?」
できるだけ失礼にならず、同時に威厳も保てるようそう告げると、司はため息を吐く。
「言葉の通りですよ。魔導兵の体には、手の平サイズの魔石が使われています。このサイズの魔石を使用した際の継続利用時間は3日……だから、3日経てば魔導兵は動きを止めると進言したのです」
「――なるほど(魔石の消耗度から3日と結論付けたの……)」
「話が終わったなら、手錠を外して頂けますか? これ、まるで犯罪者になった様で嫌いなんですよね」
司の愚痴にメルローは……
「申し訳ございません。すぐに……」
外しますと言おうとした瞬間、兵士長が驚きの行動に出る。
「貴様! (まだ領主様が喋っているだろ)勝手な発言は慎め!」
ボカッ!
そう言って、司の頭を殴り付けたのだ。
司が殴り付けられたのを認識した瞬間、メルローの血の気が引く。
「…………」
司は無言で兵士長を睨み付けると、息を大きく吸って吐き出した。
そして、一言……
「申し訳ございません」
そう呟くと、死んだ魚の様な目でメルローなか視線を向ける。
もうお前には何も期待していない。
そう言わんばかりの視線だ。
「……い、いえいえ、こちらこそ」
バチン!
申し訳ございません。
そう言おうとした瞬間、兵士長のビンタが司の頬に炸裂した。
兵士長は顔を真っ赤にすると、司を叱責する。
「何だその目は! 領主様に対して失礼だろう! 今すぐその目を止めろ!」
「(ぎゃあああああああああああっ!?)」
その瞬間、メルローは心の中で絶叫した。
「(お、お前、何やってんのォォォォ!?)」
化け物の頭を殴りつけた上、ビンタするなんて信じられない。
この町を守る領主として、これ以上の狼藉は防がなければならない。
メルローは使命感から兵士長に対して叱責しようとすると、突如として兵士長の体が浮き上がり、壁に叩き付けられた。
「がっは……」
壁に叩き付けられたことで喀血する兵士長。
そんな兵士長相手に司は容赦なくビンタをかました。
バチーン!!!!
まるで、兵士長の首が取れてしまったと錯覚するほどの一撃。
見れば、兵士長の頬に手形の跡がくっきり残っている。
「……あー、スッキリした。やっぱり、ストレスを溜めておくのは良くないわ」
司はそう呟くと、メルローの前に出た。
「……なぜ、領主様が俺にこんな行いをしたのかは知りませんが、兵士長に危害を加えたのは事実。ちょっと、牢で頭を冷やして来ます」
「そ、そうだ! 誰かこの無礼者を連れて行けー!」
事務方がそう声を荒げると、部屋に兵士が傾れ込んでくる。
「なっ! 兵士長に何ということを……」
「この……! 絶対逃すな!」
「ち、ちょっと、待っ……!」
必死になって部下の暴走を止めようとするも、皆、頭に血が昇っていて止まる気配がない。
「へ、兵士長の顔がこんなにも腫れ上がって……この腐れ外道が!」
「今すぐ牢にぶち込んでやる!」
「――ち、ちょっと、待ってってば!」
しかし、メルローの声は届かない。
なぜなら、この町の本当の権力者はこの町を治める領主ではなく、エスタール王国から兵士長待遇で受け入れた大臣の息子、セガーレにあるのだから……
辛うじて意識のあったセガーレは、遺言の様に呟く。
「あ……彼奴を牢に……牢にぶち込め……町を囲む氷河も解除させるんだ……」
事態が目まぐるしく動く中、メルローが正気を取り戻した時には、すべてが最悪の方向に進んでいた。
◆◆◆
「……セガーレ! あなた、なんて事を!」
「あーうるさい。うるさい。傷に響くからちょっと黙っていてくれ」
エスタール王国の大臣の息子であるセガーレは、一領主であるメルローの叱責を鼻で笑いながら聞く。
「っ! 頬にビンタ一発喰らった程度でなによ! 兵士長が聞いて呆れるわ!」
「なにっ? 貴様、一領主の分際で大臣を父に持つこの俺様に逆らうつもりか!? あの者を連行して来いと命じたのはお前だろう!」
これまでであれば、メルローも見て見ぬふりをしただろう。
しかし、今は状況が状況だけにセガーレの狼藉を見過ごすことはできない。
「確かに、連行してと言ったのは私です。しかし、誰も手錠を嵌めて連れて来いなんて言っていません! 客人に対し、暴力を振るうなんて以ての外です!」
メルローから叱責されたセガーレは顔を真っ赤にして反論する。
「何を言う! 暴力を振るわれたのは俺の方だ! 見てみろこの首に嵌められたコルセットを! どこからどう見ても俺の方が重症だろう!」
先に手を出した方が圧倒的に悪い。
しかし、セガーレは害悪的他責思考の持ち主。
自分がしたことを棚に上げ、一方的に司が悪いと畳み掛ける。
我慢の限界を超えたメルローが苦言を口にしようとすると、そのことを察したセガーレが吐き捨てるように言う。
「もういい! 貴様で話にならん! サッサと出て行け! 顔も見たくない!」
「くっ……あなたと言う人は……!」
あまりにも横暴な態度に怒りに震えるメルロー。
そんなメルローに対し、セガーレは皮肉を言う。
「そんなことより、こんな所で油を売っていていいのか? あの冒険者に命じて町を囲む氷の壁はすべて取り払わせた。魔導兵対策をしないとあなたの大切な町が滅んでしまいますぞ? まあ、俺はこの町が滅んだ所で別の町に赴任すればいいだけなのでどうでもいいことですがなぁ!」
「……っ! あなた、それが分かっていてなんて事を……!」
あの冒険者の言葉が正しければ魔導兵の襲撃は三日三晩続く。
メルローは必死な表情を浮かべると、どこかに向かって駆け出した。
「さて、そろそろ、俺も動くとするか……」
魔導兵の襲撃は三日三晩続く。
しかし、状況が状況なだけに逃げることも敵わない。
ならば、一番安全な所で事が収まるのを待てばいい。
セガーレは司が捕らえられている牢に向かって歩を進める。
「……認めたくはないが、奴には魔導兵を倒した実績がある。俺を魔導兵から護ることを条件に牢から出してやれば、流石の奴も言うことを聞くだろう。どれ……」
司が収容されている牢の前まで来たセガーレは、隙間から牢の中を覗き見る。
「――確か、井上司とか言ったな? この俺様が直々に……ぶぅーっ!?」
牢の中に井上司がいないことを認識したセガーレは盛大に噴出した。
「――え? えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
井上司は魔導兵討伐の要。
その要が突然いなくなったことに、セガーレは狼狽え癇癪を起こす。
「ば、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なー! そんな馬鹿なァァァァ!? お前がいると思ったから氷河を取り除かせたんだぞ!? お前がいると思ったから……お前がいると思ったからだ!? なのに脱獄するなんて……そんな……そんな馬鹿なァァァァ!」
牢屋に入れた者の管理責任は兵士長に帰属する。自分を守るはずの男の脱獄と、迫り来る魔導兵の脅威にセガーレは顔を青ざめさせた。
◆◆◆
「はぁ……また牢屋に逆戻りか……」
兵士の雑な扱いに怒りを覚え、兵士長をビンタした司は一人牢の中にいた。
「なんか、もういいかな……? こんな扱いを受ける位だったら、この町を救わなくても……」
司は勇者ではない。
それに、メイルストロムの町に来たのも放置すれば、ウッドフォレストまで津波被害が及ぶと分かっていたためだ。
魔導兵を放置しても被害を被るのはエスタール城とメイルストロムの町だけ。
ウッドフォレストに被害が及ばなければ、この町がどんな被害を受けようがどうでもいい。
すべては、氷河を溶かせと言った兵士長が悪いのだ。
「そうか……そうだよな」
そう考えると、なんだか頭がスッキリしてきた。
「よし。脱獄しよ」
どうせ町が滅ぶなら脱獄した所でバレることはない。それに責任を取るのは領主と兵士長だ。
領主と兵士長には、精々この町が滅びぬよう頑張ってほしい。
「さてと、考えが纏まった所で牢を破壊するか」
脱獄のため牢を破壊しようとすると、何者かが牢屋の前でスライディング土下座を極める。
「申し訳ございませんでした! 私の事は煮るなり焼くなりしても構いません! ですが、メイルストロムに住む人だけは助けてください!」
メルローは、地面に頭を擦り付けながら懇願する。
「……へぇ、煮るなり焼くなり好きにしていいとは豪快だね」
正直、この町のことはもうどうでもいいと思っていたけど……
「気が変わった。いいだろう。この町の人をできる限り救うと約束しようじゃないか」
そう告げると、司は笑みを浮かべた。