ここは、ある村の集落。
今、この村は未曾有の大災害に襲われていた。
この村を襲った大災害。それは地震。そして津波だ。
各地で大きな地すべりが発生し、ライフラインが途絶え、集落が孤立。
外から助けを呼ぶこともできず、畑で育った作物は地震で発生した津波により海に流され、高台に避難したことにより生き残った村人達は途方に暮れていた。
未曾有の大災害が発生して三日経ち、食べ物も水も無い生活が続いた夜、村で唯一、被害という被害の出なかった高台の村長宅では、村唯一の祈祷師が神に祈りを捧げていた。
「神様、仏様、村神様……私達にこの未曾有の危機を乗り越えるための奇跡を今ここに起こし下さい……」
それは祈祷とはほど遠い、ただの願掛け。
しかし、村長宅に集まった村民達は必死だった。藁にも縋る思いで必死に祈り、神に縋り付く。
本来では、起こるはずのない奇跡が起こることを願い、願い、願っていく。
「ああ、もう駄目じゃ……この村はお終いじゃ……」
腹が減り、喉が渇き、疲れ果て、朧げになっていく視界の中で、村人達は奇跡を目撃することとなる。
祈祷師が捧げた玉串に眩い光が宿ると、それは徐々に形を宿し村長宅を照らした。
◇◆◇
俺の名は、村神一揆。
現在進行形で、真性型中二病を患っている思春期の十三歳だ。
最近になって気付いたことがある。
俺はどうやら周囲の人達とは違うらしい。
まず、俺の苗字の村神。
この苗字を持つ一族は、世界にたったの三十人だけ。
つまり、他の人とは違う選ばれた存在の者だけが名乗ることが許される苗字だということだ。
他にも、俺は誰にも言えない秘密を抱えている。
それは、超能力を使うことができること。
まず代表的な力の一つが予知夢だ。
先日、俺はこの町に地震が起こることを予知した。
震度一の地震で危険性はないと判断したため、誰にも言わなかったが、まあそういうことだ。
他にも、手を触れず物を動かす能力や、中にある物を透視する能力を持っている。
ただ、これらの力はオートマチック。
俺の意思とは関係なく自動的に発動する能力。
俺はこの力で様々な物(例:ラジコン<一揆の知らない所で母が面白がって動かしていただけ>)を動かし、宝くじを当てたこともある(例:スクラッチくじ<偶々、三等の一万円が当選しただけ>)。
そして、今、俺は新たなステージに立とうとしていた。
ここは、俺の親父が経営する倉庫の中。
倉庫の中には、お菓子や缶詰、水、清涼飲料の入った大量のダンボールが積み上げられていた。これらすべては、俺がお爺ちゃんから貰ったお年玉で購入した供物だ。
「ふふふっ、完成だっ……」
今、俺が床に書いたのは、二重の円の中に五芒星と惑星記号、そして、四大元素のシンボルを合わせて書いたオリジナルの魔法陣。
図書館で借りてきた原初黒魔術聖典によると、この魔法陣には『人を転生させる』力が備わっているらしい。
転生時に授かる力は五つ。
どうやらそれは、自由に選べるみたいで、今、持っている『超能力』の他、『創造魔法』『無限の魔力』『言語を理解する力』『健康的で強靭な体』を選択し、魔法陣に書き記した。
後は魔法陣に俺の血を垂らし供物(ダンボールに入った大量のお菓子や缶詰、水、清涼飲料)を捧げれば、晴れて俺は自分に合った世界で新しい人生を歩むことができる。
「それじゃあ、早速……」
俺はナイフで指の腹を軽く切り、血を一滴、魔法陣の真ん中に垂らした。
「……う、うわっ!」
その瞬間、魔法陣から白い稲妻が発生し、周囲に置いた供物(ダンボールに入った大量のお菓子や缶詰、水、清涼飲料)を次々と飲み込んでいく。
(ま、まさか本当にっ!?)
白い稲妻に巻き込まれ声にもならない声を上げた次の瞬間、目の前に飛び込んできたのは、何かを熱心に祈る痩せこけた人達の姿だった。
「へっ……?」
状況が理解できず、そう呟くと、目の前で榊を振っていた祈祷師風のお婆さんが声を上げた。
「せ、成功じゃ! 村神様が、村神様が降臨なされたのじゃ!」
「ほ、本当に……本当に村神様が……」
「そ、村神様?」
いや、俺の苗字は『そんしん』じゃなくて『むらかみ』なんだけど……。
っていうか、ここはどこっ?
周囲を見渡す限り、誰かの家……いや、小屋みたいなんだけど……?
もしかして、転生に成功したのか?
思っていた転生とはだいぶ違うみたいなんだけど……。
「……村神様」
「は、はいっ!」
突然、声をかけられた俺は咄嗟に声を上げる。
「……そちらの茶色の物体はなんでしょうか?」
「えっ? ああ、これですか?」
祈祷師風のお婆さんの視線の先にある物。それはダンボールだった。
「えっと、これは転生する為の供物……いや、食べ物や水の詰まったダンボールです……」
そう呟くと、目の前の人達の目の色がギラギラしたものに変わる。
頬は痩せこけ、食べ物という単語を聞いただけで、涎が口から流れ出ている。
「……えっと、とりあえず皆さん。食べ物、食べます?」
その瞬間、そこにいる人の視線が俺に向いた。
「よ、よろしいのですかっ!?」
「も、もちろんです……」
だって、ここで駄目って言ったら、襲われそうだし……。
「……その代り話を聞かせて下さい」
ここはどこなのか。
目の前にいる人達は誰なのか。
現状、わからないことばかりだ。
「わ、わかりました。それでよろしければ……」
「はい。よろしくお願いします」
そう軽く挨拶をすると、俺はダンボールを開け、中に入っていたお菓子や缶詰、飲み物を人々に明け渡した。
その後、食べ物を巡り、人々の間で多少の諍いが起こったものの、食べ物や飲み物はすべての住民に行き渡る。
「ありがとうございます。村神様のお陰で、今日という日を生き延びることができました……」
「いえいえ、気にしないで下さい。困った時はお互い様ですよ。あははは……」
しかしまあ、この建物の外にあれ程の人がいたとは……。
三日振りの食べ物。それを前にした人々の感情の昂りは形容し難いものだった。
我先にと、食べ物を奪い合い、ダンボールごと奪取を試みる。
まるで見てはいけない人の本性を見てしまったかのような気分だ。
生きるって大変なことなんだなと、他人事ながら思ってしまった。
「……そんなことより、ここはどこなのでしょうか?」
俺が住んでいた日本とは随分と気候に違いがある。髪の色も金髪で目の色も緑色だし、まるで外国のとある少数民族の土地に突然転移してしまったかのような気分だ。
「ここですか? ここはオワタ王国ショウモネー男爵領|近《・》|く《・》にあるムキリョク村です」
「オ、オワタ王国ショウモネー男爵領|近《・》|く《・》にあるムキリョク村……」
自分達が住む国と村になんつー名前を付けるんだ……。
オワタという単語には、『この先の希望が見えない』という意味の他に『物事がどうしようもない状態になった』といった意味が存在する。
直訳すると、俺は『|この先希望が見えない《オワタ》』王国の『|馬鹿馬鹿しく下らない《ショウモネー》』男爵領|近《・》|く《・》にある『|気力に欠けた《ムキリョク》』村に日本から転移してきてしまったと、そういうことになる。
「はい。このムキリョク村には、現在百人程度の人が住んでおり……」
村長さんからムキリョク村の現状を聞くこと数十分。
現在、このムキリョク村は開拓地で未曾有の大災害に襲われ壊滅状態にあること。
奇跡的にケガ人はいないものの、地震により大規模な津波が発生し、海岸から数キロ内陸までが浸水。住んでいた家は流され、畑や水田は津波により冠水。
ムキリョク村近くにあるショウモネー男爵領に助けを求めるも、そんな余裕はないと断られ、駄目で元々精神で神頼みしていたら俺がこの場に現れたと、そういうことらしい。
なんと言うか、俺が思っていた転生と違う。
っていうか、これ転生じゃなくて転移だし……。
どうやら俺はとんでもない所に転移してしまったらしいことだけはよく解った。