『双子は忌み子』
世に生まれて一番最初に言われた言葉がこれだ。
その事を、死後の世界で閻魔大王から教えられた。
前世のボクはどうやら、そんな下らない理由で殺されてしまったらしい。
何故、死後の世界で閻魔大王の下に送られたのか。
それは、ボクを殺した婆が陰陽術で直接地獄に送り込んだためだ。
どうやら陰陽術と呼ばれる術には、直接地獄に送り込むような術式があるらしい。
ボクの前世の家系は陰陽師だったようで忌み子が二度と現世に降りてこないようにと、体に術式を刻み込まれ殺された。
地獄という場所には、服役期間がある。ボクの服役期間は千年。
最初の五百年は辛かった。
とにかく、体が地獄の環境に慣れない。
獄卒鬼に言葉を教えて貰いながら育ったが、言葉が汚いと罵られたり、逆に獄卒鬼が泣いてボクの担当から外れてたりで大変だった。
なんでも赤子が暴力的な発言をするのは端から見て怖かったらしい。
獄卒鬼から教わった言葉を返し続けただけなのに解せない。
六百年経った頃には、一人で血の池に浸かれるようになった。
最初の頃は体を上手く動かす事ができず、血の池で溺れては生き返り、血の池で溺れては生き返りの毎日を繰り返していたためだ。
しかし、六百年経った頃、天啓が閃いた。
血の池で溺れてしまうのは、底が深いためだ。
ボクの身長は六百年前からまったく変わっていない。つまり、赤子のままだ。
しかし、体の中身は成長するようで、かなり強靭な体になっている。
だから、ボクは血の池に入る時、足場を作ることにした。
ボク担当の獄卒鬼を血の池に沈めることで……。
この六百年、ボクを血の池に沈めて笑っていた獄卒鬼がその日から笑わなくなってしまった。解せない。
七百年経った頃、ボクは剣樹の森に連れて行かれた。
獄卒鬼に崖から剣樹の森に突き落とされそうになったので、それを躱し、逆に崖から突き落として上げると、獄卒鬼は甲高い声を上げながら剣樹の森に落ちていった。
獄卒鬼曰く、この地獄で日夜響き渡る甲高い声は、地獄へ落ちた者達の歓喜の声なのだそうだ。ボクも最初の頃はよく歓喜の声を上げていた。
しかし、六百年ほど経った頃、痛みを感じなくなった――というより、体が強靭になったことで、ちょっとやそっとでは体に傷一つ付かなくなってしまったのだ。
あの頃は、歓喜の声を上げる度に、獄卒鬼に同様の歓喜の声をどう上げさせてやろうかと考えていたが、今となってはいい思い出だ。
そういえば、かなり昔……地獄に来てから五十年経った頃、地獄に陰陽師が落ちてきたが、あの人は今、何をしているのだろうか？
あれから毎日、獄卒鬼相手に陰陽術の練習をして結構様になってきたと思うんだけど……。地獄で一緒に歓喜の声を上げたよしみで、また稽古をつけてくれないかなと思う日々が続いている。
八百年経った頃、獄卒鬼に騙され飢餓地獄に落とされた。
食べ物なんて食べなくても生きていける天国の様な地獄から一転して、食べなければひもじい思いをするのに食べ物がない地獄に落とされたのだ。
でもボクは抗った。ボクを騙して飢餓地獄に落としてくれた獄卒鬼を道連れにしてやったのだ。
赤子の代謝は約百キロカロリー程度。獄卒鬼《食べ物》があれば、ひもじい思いをしなくて済む。
ちなみにボクに捕えられた獄卒鬼は、肉を抉られ血を啜られる度に歓喜の声を上げていた。
九百年経った頃、ボク担当の獄卒鬼が何故か閻魔大王に変わった。
それと同時に飢餓地獄から引き上げられた。
しかも、これ以上、獄卒鬼を食わせる訳にはいかないという理外の理由で。
獄卒鬼の血は、血の池より飲みやすく、肉はあっさりしていて美味しかったのに残念だ。最近、食の喜びを知ったばかりなのに……。
まあ、獄卒鬼はそこら中にいる。食べたくなったら捕えて肉にしよう。
閻魔大王がボクの担当になってからは、本当の地獄が待っていた。
その名も書類地獄。
閻魔大王の下には様々な書類が集まる。
閻魔大王は獄卒鬼が持ってくる書類の一つ一つに目を通し、書類の可否を決定しなければならない。
その書類の整理と片付け、はたまた、書類の可否に至るまで閻魔大王に代行させられたのだ。また一々、口にして指示するのは面倒臭いからと、念話という超能力紛いの能力も貰った。獄卒鬼や閻魔大王の考えが頭の中に流れ込んできてやかましい。
まあ、お陰で様々な文字を覚えることができたし勉強になった。
書類の中には、この世界の根幹に関わることまで書いてあった。他の世界に関する事柄もだ。これ、見ていいものなのだろうか？
まあ、閻魔大王が良いって言うんだから良いんだよね？
知らんけど……。
そして千年――気が遠くなるほどの時を地獄で過ごしてきたボクは今、刑期を終え転生の時を迎えていた。
目の前には、この百年、ボクのことを書類地獄に落とした閻魔大王が眉間にしわを寄せて座っている。
なんでも、千年もの時を地獄で過ごし、廃人とならなかったのはボクが初めてだったらしい。「わーい」と喜んでやると、閻魔大王は目に手を当て宙を仰いだ。
本来であれば、廃人にし何も考えられない様な状態にしてから順次、転生させるらしいが、ボクが廃人とならなかったため、非常に困っているらしい。
「ざまぁみろ」と言ってやったら、何故か怒られた。
地獄では「お疲れ様です」と同じ位、当たり前に使っている言葉なのに解せない。
しばらくすると、閻魔大王が決心したようだ。「仕方がない。そのまま転生させるか」と呟いた。
しかも、転生させる世界は、ボクが前世産み落とされた世界らしい。
「そんな所に行く位ならもう一回死んで地獄に戻ってきます」と言ってやると、閻魔大王が露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
もはや、地獄はボクの故郷だ。なんだかショックである。
「駄目だ。拒否権はない」
閻魔大王はそう言うと、右手に持っていた印鑑を大きく振り上げる。
どうやらボクに拒否権はないらしい。さっさと、転生させてボクを地獄《故郷》から追い出すことに決めたようだ。
あんな地獄より地獄見たいな所に転生されては堪らないと、ボクは必死の抵抗を試みる。
具体的には、普段、閻魔大王が明かり代わりに使っている灯篭（火の原初精霊を入り）を奪ったのだ。
慌てた表情を浮かべる閻魔大王。
当然だ。明かり代わりに使っている火の原初精霊を奪われては、閻魔大王の書類作業が滞る。
「さあ、ボクの転生を中止しろっ！」
ボクは地獄に残りたいんだっ！
地獄より地獄見たいな世界に転生させられるなんて真っ平御免だっ！
そう閻魔大王を脅迫するが閻魔大王も黙っていない。
「拒否権はないと言った！」と声を荒げると、強引にボクを転生させるための書類に押印したのだ。
その瞬間、ボクの足元に穴が開き、火の原初精霊を入れた灯篭ごと真っ逆さまに落ちていく。
なるほど、『産み落とす』とはよく言ったものだ。
閻魔大王はこうやって人を転生させていたらしい。
こうなっては仕方がない。転生してすぐに地獄行きの術式を体に刻み付け死んで地獄に戻ろう。
「そう考えると思っていたわ！」
すると、頭の中に閻魔大王の声が響く。
どうやらボクの行動は閻魔大王に筒抜けだったらしい。
しかし、閻魔大王にボクの行動を止める手段はない。
ざまーみろ。すぐに死んで地獄に戻ってやる！
そう思っていると、閻魔大王の声がまたもや響く。
「お前には、不死の呪いをかけた。ある一定の年齢になれば不老も勝手に付与される。もう二度と地獄に戻って来るな！」
な、なにーっ！
横暴だ。地獄の輪廻転生を司る閻魔大王がそんなことをやっていいのか！
ボクは断固として抗議する。
「地獄を滅茶苦茶にするような奴は地獄に来させないようにするのが一番だろう。お前は未来永劫、その世界に捕らわれておれ」
閻魔大王がそう言うと共に、目の前が真っ暗になっていく。
もう何も考えられない。これが転生って奴か……。
お、おのれ……閻魔大王め。
まさか、ボクの故郷を奪うとは……。何て奴だ。許せない！
絶対に帰ってやる……。絶対に帰ってやるからなっ！ 地獄にっ！
心にそう誓うと共に、ボクの思考は途切れた。