注)こちらはグランマからアドリアまで揃ってお茶会したうえでそれぞれ惚気てもらおうというお遊びSSです。本編に増して緩いお気持ちで楽しんでいただけますと幸いです( ͡° ͜ʖ ͡°)
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………
「第一回、ヘッセリンク伯爵夫人会議の開会をここに宣言する!」
男装姿の素敵な女性が、高らかにそう宣言しました。
テーブルを囲むのは、次期伯爵夫人であるアドリア、当代伯爵夫人である私ことエイミー、先代伯爵夫人マーシャお義母様。
そして、今しがた雄々しく開会宣言をされたのが、先々代伯爵夫人であるエリーナお祖母様です。
私達が宣言に合わせて拍手を行うと、お祖母様が手を挙げて応えつつ、着席されます。
「ありがとう。なお、本日は取り決めとしてお義母様呼びを禁止とし、それぞれ名前で呼ぶこととする」
「この場には、エイミーさん、私、エリーナ様とお義母様が三人いますものね」
コロコロと笑うお義母様……、マーシャ様の言葉にその通りだと頷いたエリーナ様が、私とアドリアに視線を向けられました。
「おや? マーシャ以外の二人はだいぶ緊張しているようだな? こんななりをしているが、お前達からみた私はそれぞれ祖母であり、曽祖母だ。もっと力を抜いていい」
優しく微笑む男装の麗人。
マーシャ様や先々代様からそのお噂は聞いていましたし、姿絵も拝見していましたが、ご本人の美しさと迫力は想像以上です。
「こんなに素敵な方がお祖母様だなんて……」
私が思わずそう言うと、それまで無言でエリーナ様を凝視していたアドリアが絶叫しました。
「私なんか、ひいおばあさまですよ!? 力を抜けと言われましてもすぐには」
行儀のいいことではありませんが、気持ちは理解できます。
マーシャ様も、苦笑しながらも咎めはせず頷いていらっしゃいました。
エリーナ様はそんな私達を見回すと、ニコリと微笑みを浮かべます。
「なるほど。では、こうしよう。緊張をほぐすために、それぞれの夫の素晴らしいと思うところを順に語ろうじゃないか。そうだな、差し当たっては一つで構わない」
提案を受け、それはいいと頷いた私とマーシャ様でしたが、一人難しい表情なのはアドリア。
「どうした、ひ孫の妻アドリアよ。ヘッセリンク伯爵夫人ともあろう者が、夫の美点の一つくらい、まさか語れぬなどとは言わないだろうな?」
からかい半分のそんな言葉を受けた義娘が、ためらいがちに口を開きます。
「失礼いたしました。夫の美点を語るのに、一つでは到底足りないため、どの点を語るべきかと」
この回答に、今度はエリーナ様が考え込むように口元を片手で覆いました。
男性的な仕草が本当に絵になりますね。
当時、他家の奥様方がこの方に夢中だったのも理解できます。
「……なるほど、一理ある。が、しかし。私達が自由に夫語りを始めると終わらなくなるからな。とりあえずこれだけは外せないというところを挙げてみればいい」
レックス様の素敵なところを思い浮かべると、どれもこれも外せないところだらけで頭を悩ませる私を尻目に、マーシャ様がすっと挙手されました。
「ではエリーナ様。僭越ながら私から参ります」
薄く笑いながらお義母様が宣言すると、エリーナ様が満足げに頷きます。
「いいだろう。先鋒は任せたぞ、マーシャ」
「私の愛しい方、ジーカス様の素晴らしい点はなんといってもその愛らしいお顔です。ご本人はそれを気に入らず、護国卿の威厳に欠けると髭をたくわえられているところなんて、最高に可愛いと思いませんこと?」
顔を綻ばせながら顔が好きだと仰るマーシャ様。
その評価を聞いた先代様の母親であるエリーナ様が、異論はないとばかりに首肯しました。
「童顔だからなジーカスは。まあ、我が子ながら可愛い顔をしているとは思う。子供の頃はまさに天使のようだった」
「なぜ父上は子供の頃に私とジーカス様を引き合わせてくださらなかったのか!」
エリーナ様の言葉を聞き、今度はマーシャ様が絶叫されました。
その後も鋭い目付きのままラスブラン侯への恨み言を続けるお義母様。
戸惑う私達をよそに、エリーナ様はひらひらと手を振ります。
「こうなったらしばらく止まらんから放っておけ。昔もたまにあって、夜通し聞かされたものさ。では、レックスの妻エイミー。孫の美点を教えてくれるかな?」
マーシャ様の様子は心配ですが、指名されたのでは仕方ありません。
では。
「レックス様の素晴らしい点、それは愛される力です」
「ほう。詳しく」
よほど意外だったのか、エリーナ様が笑顔で身を乗り出されました。
「妻である私や、常にそのお姿を目の当たりにしている家来衆はもちろん、他家当主の皆様にも愛され、それはそれは可愛がられていらっしゃるのです」
一度言葉を切り、さらに詳細を説明しようとすると、ようやくお戻りになられたらしいマーシャ様が頷きつつ仰います。
「確かに。ゲルマニス、ラスブラン、カナリア、ロソネラ、アルテミトス、カニルーニャと、レックス殿は錚々たる面々に可愛がられていますね」
「それはすごい! それが真実だとすれば十貴院の大半が孫を可愛がっていることになるぞ? へッセリンクの名を背負いながらそんなことが可能なのか?」
可能か不可能かで測るならば、可能です。
事実、私の愛する方は国内はもちろん国外にまでその支持者を増やしているのですから。
「レックス様は、全く新しいヘッセリンク伯爵像を世間に焼き付けていらっしゃるのです!」
「すると、ヘッセリンクの評判も私が知っている頃よりもだいぶ回復しているのだろう……なぜ目を逸らす? こちらを見なさい、マーシャ、アドリア」
なぜでしょう。
二人と視線が合わない理由が私にも全くわからないのですが。
「アドリア。マルディのいいところをエリーナ様に教えて差し上げて」
「はい!」
何かを誤魔化すようなマーシャの様の指名に、こちらも何かを誤魔化すように元気よく返事を返すアドリア。
若干の引っ掛かりを覚えますが、息子のいいところを教えてくれるのだから大人しく聞きましょう。
「あの、マルディ様の素敵なところは、普段はレプミア中の人相の悪い男達を手足のように動かし一部貴族からは悪辣さだけなら当代伯爵をしのぐかもしれないなどという評判もあるなどヘッセリンク伯爵としての将来性を感じさせながら普段私の手料理を召し上がっている時などはニコニコしながら美味しい美味しいと頬張る可愛らしいところもあるという二面性です!」
なるほど、素晴らしい観点ですね。
母として、息子の妻の言葉に誇らしい気持ちになりました。
「マーシャ。あの子は一体どこで息継ぎをした?」
「エリーナ様。エイミーさんとアドリアは身体能力が常人のそれではありませんから。考えるだけ無駄かと」
お二人がひそひそと何かを話していらっしゃいますが、仲がよろしいのですね。
私もアドリアといい関係を築けるよう努力しなければ。
「では、最後は私か。そうだな。プラティ様の素敵なところは色々あるが、やはり優しいところだな。現役時代には様々暴れ、王城側からは毒蜘蛛を凌ぐ最悪のヘッセリンクと呼ばれてはいたが、私にだけは常に優しかった」
やや頬を染めるエリーナ様を、マルディについて語ることで緊張から解き放たれたらしいアドリアが、うっとりと見つめながら言います。
「エリーナ様にだけ、というところが肝なのですね?」
その指摘に、エリーナ様も我が意を得たりと頷きました。
「いい着眼点だ、ひ孫の妻アドリア。そう。例え私の故郷の貴族を片っ端からひん剥こうと、国軍の若手を指導と称して足腰立たなくしようと、十貴院会議をさぼり、それを咎めた宰相と殴り合いになろうと。あの方は私にだけはとても甘く、優しかった」
そんな素敵な思い出の数々を聞いて、頬に手を当ててほうっ、とため息をつくアドリア。
「ひいお祖父様は、炎だけではなくエリーナ様にも狂っていらっしゃったのですね」
「ふふっ。そうだな。まあ、そういう意味では私もそんな『炎狂い』に狂っていた、といったところだろう」