「――全然寝れなかった……。……。嫌だ、ちょっと目腫れてるじゃない」
影山君にあんな彼女がいるなんて全然全く想像してなかった。
そもそも影山君って彼女とかそういうのに興味あったの?
今までそんな素振り見せたことなかったし、きっと今時のインドア派で一人で満足できちゃうタイプの人なんだって思ってたのに……。
思わせぶりなこと言ってその気にさせて、ぬか喜びさせて……。
「……。寝汗、とズボンのこれは……。はぁ、こんなにして満たされないことなんて今までなかったんだけどな……。ほとんど気絶するみたいに寝落ちしたっていうのに、まだ……」
股間に向かって勝手に手が伸びる。
今日が公休日で本当によかった――
「楓! 起きてる? お母さん、起きたらもうびっくりしちゃって!」
「え!? お、起きてるから! ちょっと待って!」
公休日は私の身体を労わって絶対に起こしにこないお母さんが、慌てた声色で部屋の扉前に。
こんなところを親に見られたら死ぬほど恥ずかしい。
本当に今日が公休日で良かったわ。
「――そ、それで、どうしたの、お母さん」
「それがね! 昨日の夜におっきな地震があったみたいでね! もうキッチンに割れた食器が散らばってて……それに、このニュース見て! 『日本海にネッシーの群れ、現る!』だって! 不思議なことに地震とネッシーの出現時間がほとんど同じで、しかも一瞬気温がこの地域だけ異常でね! 近隣の奥様方なんて、その晩一瞬だけ地面にクレーターが、なんて言ってるのよ! 明らかに普通じゃないわよこんなの! 楓、あんたの身体に何か異変とかなかった? ……。その腫れた目、それにその汗……もしかしてあんた寝てる間に宇宙人に身体を改造されてたりとか――」
「そんなわけないでしょ! もう、お母さんってばそういうオカルトが本当に好きね」
「だっているもの宇宙人! 私見たことあるのよ!」
「はいはい。とにかく地震で部屋がどうにかなったとかはないから安心して」
「そう? まぁ大丈夫ならそれでいいんだけど……」
「なんでちょっと残念そうなのよ」
「そうだ! あんたを見て思ったんだけど、影山さんのところは大丈夫かしら? 親御さんは今いないみたいだし、ほら、あそこのお姉さんちょおっとちゃらんぽらんなところあるでしょ? 部屋が荒れてたりとかしたら多分弟さんが全部片づけとかして大変よ」
「でも、今は彼女さんがいるみたいだから……」
「彼女さんが面倒事をしてくれるとは限らないわよ。別にお嫁さんってわけじゃないんだから。そんなのいつ別れてもおかしくないんだから。心配だからあんたちょっと様子を見てきなさい」
「えっ……」
「あんたは休みだけどお母さんは今日も仕事なの。なんかね、最近急に休む人が多くって……。とにかく頼んだからね。あっ! 手ぶらじゃあれだから作り置いてある肉じゃが持って行ってあげるといいわよ。それじゃあお母さんいくわね!」
「……。行ってらっしゃい」
……。……。そうよね。別に彼女って、一生じゃないものね。
結婚ってわけじゃないんだから。まだ頑張ればなんとか……。
泣きじゃくって、一人耽ってる場合じゃないわよね。
「……。シャワー浴びて……。あっ……私服ってなに着てけばいいんだろう? そういえばスーツ以外って久しぶり……。そういえばあの彼女さん、かなり胸元開けてたような……。負けてられない、わよね」
Tシャツに鼠色の下着っていう服装の自分を鏡に映したあと、私はクローゼットを開けてオフショルダーの服と、ローズピンクで紐の下着を手に取った。
「別に見せるわけじゃないんだからここまでする必要はな――」
「あら! お二人ランニング? 昨日の夜おっきな地震があったみたいだけど、家の方は大丈夫なの?」
「姉崎さん、おはようございます。家の方は……まぁ姉がゆっくりですけど」
「そうなのね。あとでうちの子が手伝いに行くからこき使って頂戴! 私が許すわ!」
「えっ? はは、ありがとうございます」
「それにしても……。彼女、さん? なんというかその、凄くお綺麗ね」
「……」
「あ、はは。こいつ人見知りで! こら、褒められたんだからお礼くらい言わないと」
「あ、ありがとう、ございます……」
家を出たお母さんの大きな声が聞こえて私はそっと窓から外を見た。
たまたまランニングしていた影山君と出くわしたみたい。
「影山君がランニングしてるところなんて初めて見た。……。スーツじゃないの新鮮で……かっこいいな。……。それはそうと、彼女さんやっぱり胸大きいな。昨日見た時よりも大きく見える。……。やっぱりこれ履いていこう、かな?」
薄着の彼女さんを見て頭を悩ませる。
すると……。
『影山君の彼女さん、めちゃくちゃ美人よ! あんたじゃ勝負にならないわ! 撤退撤退(;’∀’)』
SNSを使って送られてきたお母さんのメッセージ。
これ、娘に送っていいもんじゃないでしょ。
「はぁ……。残念だけど、ここまで舐められると逆に燃えてきちゃった。絶対これ履いていくわ! 勝負よ、影山君の彼女さん!」