小一時間、自分の作風について考えました。
たぶん私の持ち味は豊富な語彙力と、緻密な情景描写。それと多様な種類の比喩なのだと思うわけですよ。その文体が確立した理由は特に作家に影響されたのではなく、ただ自然とそうなったのだと思います。読んだことのある小説は夢枕獏の『陰陽師』だったりとか丸山くがねの『オーバーロード』とか、北山猛邦の『ダンガンロンパ』。純文学はあまり読まないです。国語の教科書は舐めるように読んで、一番好きだったのが中島敦の『山月記』でした。まぁ、見ても分かるようにさまざまなジャンルを読み込んできた次第です。
そこから小説に興味を持つようになって、中学の頃からちょくちょく執筆をしていました。そこからカクヨムにて投稿を始めたのはずいぶん経ったころで、どこまで実力があるのか挑戦する気持ちで小説家の入口に立ったのです。そこから二か月休みなく執筆活動に勤しんできました。
Twitterを見たら分かるのですが、思い詰める節があります。それを何とかしようにも無理だと分かっているのであるがままにしています。それと人の顔を見るとその人の感情が分かるとゆう特殊能力があります。答え合わせなんてできるはずがないので確証は持てもせんが、たぶん正しいのです。画面上では無理ですよ。
共感性があってすぐに傷つく豆腐メンタルの私の心が、作風に影響して、全てを描写しないといけない癖というものが現れたのですかね。比喩は直接的な描写ではないのでどこが幻想的な、はかなげな印象を与えます。
しかしそれを表現することができない語彙の豊富さとが違った文章力のなさに問題があるのだと思います。それが小説らしさに躍起になっているように思われたのなら正解です。
ここで注釈をいれますが、決して何か貶されたからこのようなことを書いているのではないことをご了承ください。私は小説に対する向上意欲が凄まじいので、アドバイスなりご指摘なりはちゃんと受け止めます。だから気になさらないで。
続けますが、その文章力のなさが上手く小説に文体として落とし込めていないのだと解釈しました。客観的ではないので、読者との差異はあると思いますが、概ね間違いでないと。だからもっと勉強が必要だなぁと。
私生活では幾分か余裕はありますが、だからといって毎日が休みではないですよ。土日は休みですし、至って普通の生活をしております。あまり私生活について話をしないのは理由があるのですが、説明するつもりもないのでご了承ください。
自分の作風について変えることは、自分の存在自体を否定することに繋がるのでそこは決して変更できないところですが、文章の端正さについては無碍にはできません。それについては勉強を重ねたうえで修正していこうと思っていますので、ぜひ応援の程よろしくおねがいします。
ここまで読んでくれて悲しい気持ちになった方にはごめんなさいと申しておきます。誰かにすがるような態度も申し訳がありません。自分勝手な態度を許してください。悩みを話せる親友と呼べる人はいないのでこうやって近況ノートに書きました。
意を決していつもと違う事に取り組もうにも痛い目を見るのは私の因縁でもあるので仕方がないことでしょう。豆腐メンタルな私には、自分から始めたことですが少々辛いものがあったようです。くよくよするのはここまでにします。