大正天皇は「鬼ごっこ」と称して
女官を追いまわし、皇后が側近に命じて
天皇を取り押さえさせたという。
そんな逸話に影響されて変な話を書いてしまった。
まあ、平安貴族なんて現代人から見たら
重婚変態やろうにしかみえないですが。
もっとも、藤原頼長に及ぶものは
ほとんどいないでしょうけどね。「台記」に残る
きわどすぎる記述の数々に悪夢にうなされましたよ。
ところで式子さんはほんとに美人だったのでしょうか。
残念ながら容姿について言及する資料はなさそうで。
でも父からの伯母、上西門院が絶世の美女で
「端麗美麗」と絶賛されているので
姪っ子の式子さんや甥っ子の以仁王氏が
美貌だったことにしておきましょう。
もっとも以仁王の肖像画を見るとひげもじゃで
目つきが鋭くて気が荒らそうで女装したらばればれだろうと
つっこみたくなる容姿です。まるで武人のような姿です。
後白河法皇も守覚法親王も美男とは程遠い坊さんです。
八条院はおひなさまみたいにかわいらしい絵でした。
ああいう肖像画って実際に見て描いているのかしら?