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カクヨムのレビュー機能だとおすすめしかできないので、欠点の指摘等ありましたらこちらからお願いできればと思います。

内容は、誤字脱字も文章面での瑕疵も内容面の短所も、全部ありがたいです。

また、「欠点」かどうかは分からないけど好みではない、面白くない、等主観的なご意見も大歓迎です。

ここまでで読むのをやめた、というのも参考になります。

なるべく多くの方からご意見を頂いて、自分の書きたいものと照らし合わせて、より良いものが書けるようになりたいなと思ってます。

※この記事へのコメントは作品への指摘のみにしていただけると助かります。
挨拶や雑談などはすぐ下の記事へお願いします。

よろしくお願いいたします。

11件のコメント

  • お邪魔します。
    昨夜の続きなのですが、実はわたしも同じ問題を抱えているのです。
    まだ企画期間中でZooeyさんの作品で説明すると、改稿の具体例みたいになってしまうかもしれないので、わたしの作品から説明させて頂きます。

    先のカクコンに出している『都の空の朧月』がZooeyさんと同じ、三人称の主人公視点で書いたものなのです。その第一章その二の中ほどに出てくる場面で、やはり主人公とその周囲の人物たちの関係を書いた文章なのです。
    必要なとこだけ、はしょって書きます。

     あぁ、そういうこと……。
     紀乃は思いあたって肩から力が抜けた。
     宮とわたし、そして東宮の三人は~幼馴染だ。

    という所なのです。
    この部分を初めは「紀乃と藤の宮、そして東宮は~」と書いたのです。しかし、それでは違和感があるなと考えに考えて、先の二行を付け加えて主人公の心情を描写している文章に変えたのですが、逃げの文章ですよね。
    やはり三人称の代名詞が「わたし」という所に、どうも引っ掛かりを感じて、わたしの頭の中でも?となっているのです。
    この時はまだ先も長いし、後々にまた考えようと先を続けたのですが、未だに答えは出ず、喉に引っ掛かる小骨のようになっています。

    Zooeyさんの作品で「幼馴染だった拓と龍は」と二人の名前を並記して書いているのは、わたしが最初に書いた文章と同じだと思うのです。
    ですから、Zooeyさんの作品を読ませて頂いて、すぐに目に付きました。
    だけど、三人称の書き方としては、これが当然なのだとも思うのに、どうも違和感を感じる。
    いったいどう書いたらいいのだろう?

    わたしの頭の中では、これが三人称主人公視点のデメリットなのかな?とも考えています。
    ですので、人任せになってしまって申し訳ないのですが、Zooeyさんが改稿した作品をぜひとも見てみたいです。
    たぶん、そのお答え、すぐにでも使わせて頂くと思いますので、その時に何とぞ、どうぞよろしくお願いします。m(_ _)m
  • 帆乃風 総持さん

    コメントありがとうございます。

    今回上げてくださった点に関して、ちょっとガチで語ってしまうと、
    おそらく本来問題とするべきなのは、その他の部分なんだと思います。
    つまり客観的な部分よりも主観的な部分の方が問題なのではないかなと。

    三人称を使っているにも関わらず、全体の文章が主観的になっている、
    そして時に本来あるべき客観的な書き方になると、全体との違いから違和感が生まれてしまう、ということかなと。
    だから、本当で言えば直すべきなのは主観的な文章の方だと思います。

    ただ、私のことを言うと、主観的な文章というのは私のスタイルになってしまっているので(五感によるの描写が好きなので、どうしても主観的になってしまいます)
    今後も三人称単一視点で書いていくなら、客観的な部分を見直した方が早い、という風に思っています。

    とにかく、もし帆乃風さんのお書きになる文章が、私と違ってそこまで主観に寄ったものでは無いのだったら、客観的な部分よりも主観的な部分の方をみなおした方が良いと思います。

    ご作品に関しては拝読していないのでなんとも言えませんが、
    地の文で視点主の心の声をそのまま表記する、というのはありだと思うので、そういう場面で「私」「オレ」などの一人称を使うのは問題ないと思います。
    私も作品の中で、地の文で「母」ではなく「母さん」という拓の心の言葉を使ってますし。
    ただ、そうでない所にいきなり一人称を持ち出すのは、ちょっとおかしいような気はします。

    改善策は今のところ全然見当がついていないので、上手くやるのはちょっと難しいかもしれません。
    なので、あまり期待しないで頂きたいなと…。
    それに、こういうのって、自分でひねり出した方法だからこそ上手くいくものだと思うんです。
    今のところ、ひねり出せそうにはないのですが…。

    本当に私自身テキトーに書いてきた人間なので(ちょっと前までプロットって何?食えんの?くらいでした)全然あてにはならないはずで、他の方に模倣(という言い方はふさわしくないかも知れませんが)されるというのはちょっと荷が重いというのが正直なところです。
    なんだか逃げる言葉ばかりになってしまって申し訳ないですが、本当にそんな感じです。
    ですので、お互いに自分に合った改善策を見つけていけたらいいなと思います。

    ありがとうございました。
  • 好物なんてひとつもない、夢の食卓。の件です。

    すみません。三人称当人視点というのは、世間的にそれに該当する適当な言葉がないようなので、私が勝手に命名しました。

    三人称単一視点の一類ではあるのですが、視点を置かれた人物の主観が前面に出て来る文章のことです。
    多くの掲示板などでも、これと作者視点との区別がついていない方がたくさんいらっしゃいます。

    切磋琢磨する場を経験することはとても良いのですが、自分の知識が正しいのか、正しくないかもしれないけどこういう意見もあるよ~なのか、その辺りを切り分けないで発言する方が多いので、そこで知識を得ると整理がつかなくなるのではと思います。

    私のような者の意見を受け入れていただいて、ありがとうございます。
  • (企画の趣旨に反して具体的に書きすぎていたので、書き直しました。申し訳ございません)

    Zooeyさん、はじめまして。
    ブラッシュアップ企画の小説を読ませていただきました。
    実は、Zooeyさんの企画の小説に帆乃風さんが指摘していることについて、帆乃風さんから私ならどうする?と相談を受けたのです。
    私は昔から一人称小説ばかり書いてきたので、三人称の書き方については私も試行錯誤の途中でよくわかってないのですが…。
    一人称中心に書いている人間の言うことなので間違っている前提くらいの気持ちでお願いします。

    拓のことを指して『彼』が作者視点のように思えてしまう理由じゃないかな?と思いました。
    三人称とはいえ、主人公視点で主人公のことを彼と書いてあると、主人公以外の視点なのかな?と思いやすいのかもしれません。
    少し彼や拓が多い気もするので、主人公のことであれば、省いても伝わる部分もあると思います。
    ある程度省くだけでも、作者ではなく拓の目線に思える気がします。
    『拓の母』の『拓の』も作者視点に見える理由の一つのように思いましたが、私の考えすぎかもしれません。

    あと、ブラッシュアップ企画ということで、個人的に気になったのは以下です。

    ・龍とは幼馴染ということですが、できれば小6までだけでなく、何歳くらいにどのようにして仲良くなったのか書いてあると、何年の付き合いかイメージできて、龍との仲が理解しやすい気がします。

    ・拓は何歳なのでしょう?
    小学校卒業して以来とはいえ、具体的に年齢、学年、何年ぶりという情報がないので、どのくらい久しぶりなのかピンと来ませんでした。

    ・中学から疎遠になっていたのに、どうして龍が誕生日に誘ってくれたのでしょう?
    もしかして、中学に入って最初の拓の誕生日ですか?
    そうであれば、中1の誕生日と分かる文章があれば構わないのですが、もしも何年もあいていたのなら、何年かぶりにいきなり誕生日に誘った理由が必要になってくると思います。

    これらは元の話が長編ということで抜けてしまった情報なのかなと思うのですが、長編を読まずにだと理解しづらくなってしまっている印象でした。

    はじめましてだと言うのに、長文で失礼しました。
  • 須能さん

    コメントありがとうございます。
    あ、そういう言葉が一般的に使われているわけではないんですね。
    私は小説の書き方的なものを勉強したことがほとんどなくて、
    ネットで気になったことをちょっと検索してみるくらいで書いてきたんですよね。
    だから、三人称単一視点がさらに細分化されていることも全然知りませんでした。
    視点の問題って難しいものなんだなと再確認した気がします。

    切磋琢磨の場を経験する、と言うよりも、
    そもそも以前はそういう所でしか投稿していなかったので、そっちの方が慣れてしまっているんですよね…。
    私、小説みたいなもの書き始めてからもう8年くらい経ってしまうんですけど、そのうちの5~6年くらいは掲示板形式サイトしか、まともに使ってませんでした。
    褒められすぎると不安になるのも、そういう所で自分の書くものがいろいろと貶される点があるのだということを経験してるからだと思います。

    ただ、多種多様な指摘が来ることに慣れているから意見の取捨選択は多分できます。
    そういうところだと、貶したいだけの人とか、知識ひけらかしたいだけの人が素っ頓狂な感想を書いてくることも多いので「これいらねーわ」ってものはバサバサ切ってます。
    あんまりそこで書かれる知識的なものは信用してなくて、「ん?」って思うものは自分で調べ直してます。

    でも、今回、須能さんはじめ、アドバイスくださった方々のご意見は、
    自分に合った書き方かどうかと言うのはありますが、どれも勉強になるご意見で、ありがたいなと思います。

    色々参考にさせていただきながら、自分に合った改善策を見つけていきたいなと思います。

    ありがとうございました。
  • 高梨 千加さん

    コメントありがとうございます。
    お返事遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

    視点についてのお話。
    まず、私の目指すところを書かせていただきますね。

    他の方へのお返事等で紛らわしいことを書いてしまっているのですごく申し訳ないんですが、実は完全に主人公の主観で書くことは目指していません。

    もともと書き方が、かなり主観的なので(自覚してます)主人公が語っているように感じられてしまうかもしれないのですが、
    私の意図としては、主人公の視点を通して作者が語っている、というつもりです。
    ただ、五感を使った描写が好きで、どうしてもその辺の書き方で主観的になりやすいのと、
    感情が高まったりした時に、できるだけキャラクターに寄り添って読んでもらいたいというのがあって、かなり内面に入り込んだ書き方をしてしまいます。

    じゃあ、完全に主人公の主観で書けばいいじゃないかと言う話になると思うのですが、
    あえて一人称ではなく三人称で書くようにしているのには一応理由があって、
    主人公の主観による文章にしてしまうと、それが損なわれてしまうんです。
    一人称だと、主人公の思っていること以外が書けなくなってしまうので、例えば主人公の考えを批判的に捉えたり、主人公に(作品として)間違ったことを信じさせたりすることが、難しくなってしまうと思うんです。
    技術があればできると思いますが、たぶん私には無理です。
    だからなるべく三人称で書くようにして、間違ったことに対して言及できるようにしたいなと思うんです。

    だから、あくまで作者が主人公の後ろに張り付いて、その人物の視点を借りて語っている。
    でも主観的な表現をしても不自然に見えないような、フレキシブルな文章にしたい(ムリだろ…)と思っています。
    その意味で、客観的な部分を見直して、もう少し主観に近づけて(完全に主観にするのではなく)不自然さをなくしたいと思っています。

    そういうどっちつかずな感じで書いているので、他の方からのご指摘のように視点のブレが出てきてしまうのだと思うのですが、それでもこの部分は自分なりに目指す方向に近づけるようにしていきたいと思っています。

    その前提でご指摘箇所について考えたいのですが、
    おっしゃるように「拓」とか「彼」はもう少し省いた方が良いかもしれません。
    ただ、「彼」を取り去ってしまうと、ちょっとどういう言葉を使えばいいのか分からなくなってしまうので、できるだけ減らす、という方向で改稿してみたいと思います。

    「拓の母」は仰る通り「母」の方が良いですね。
    ご指摘受けるまで気づいていませんでしたが、私、必要ないところで「〜の」という表現を使いがちかも知れません。
    これは今後も気をつけていきたいと思います。

    その他の部分に関して。

    元が長編、と言うより、小説みたいなものを書き始めた頃から彼らにまつわるいろんなお話を書いています。
    その中に一応長編があるという感じです。
    要するに、使い回しキャラです。
    なので設定はかなり色々あるのですが、その設定のどこまでを掌編で披露するのが適切なのか、というのがきちんと見極められていなかったのだと思います。

    まず、拓と龍がどのくらいの付き合いでどういうきっかけで、という部分。
    これは実はあえて省きました。
    今回は2人の物語という訳ではなく、龍の存在は拓の家庭との対比の役割が強いので。
    もうちょっと分量があれば書いても良かったかもしれないのですが、このサイズでそこに言及してしまうと焦点がぶれてしまう気がして。
    ちなみに2人は物心着く前に保育園で知り合ってます。
    きっかけは、龍が拓の持っていた空気を入れて膨らませるビニール製の人形の先っちょを切って拓を泣かせたことです。
    でも本人たちは全然覚えていません。
    どうでもいい話でした…。

    拓の年齢に関しては間違いなく書くべきでした。おっしゃる通りです。
    書いている時、中一にしようか中二にしようか迷っていたのと、気がついたら書くところがなくなっていたのでそのままにしてしまいました。
    これは完全に手抜きです。すみませんとしか言えません。

    龍がなぜ誘ってくれたのか?という所は盲点でした。
    確かに、そこの説明がないとおかしいですね。
    疎遠と言っても友人関係は続いている設定なのですが、そういうことにも言及できていないので、不思議に感じられるのも当然のところです。
    その「友人関係は続いている」という情報も含めて、ここは少し手を入れていきたいと思います。

    せっかく頂いたご意見に、かなり失礼な返信をしているような気がします…。
    すみません。
    でも、視点に関するご意見も、そのほかの部分に関しても、参考にして改稿したり次に生かしたりしていこうと思います。

    ありがとうございました。
  • こんばんは。

    まず前提として、三人称単視点というのは全て主人公の主観で書いた文章ではないはずです。
    主人公のそばの位置に作者が立って、作者の言葉で地の文を書くので、主観も入りますが、客観的な文章も入ると思います。
    これはZooeyさんの目指しておられることかなと思います。

    帆乃風さんに作者視点と指摘された部分は、作者が主人公のそばにいないような印象を受けました。
    彼という言葉を調べてみると、『遠称の指示代名詞』だそうです。
    遠称は『話し手・聞き手のいずれからも離れた事物・場所・方向を示すもの』だとか。
    なので、主人公のことを彼というと、作者は主人公から離れた位置にいることを表すのだと思います。

    『短い話を書くとき、複数の視点があると誰が主人公かわからなくなるので、短い話では主人公視点のみで書く方がいい』
    と何かの本で読んだ覚えがあります。

    実は初めて読んだとき、帆乃風さんが指摘していた作者視点辺りで、誰が主人公かわからなくなったのです。
    拓じゃなかったの?と。

    主人公視点と言われた部分と作者視点と言われた部分は、どちらも作者視点のつもりでも、作者の立ち位置が変わっているので、視点が変わっているということになるのかもしれません。
    長編で、主人公が拓としっかり理解したあとで主人公から離れた視点があっても構わないかもしれませんが、SSなら主人公のそばに視点を統一した方が読者は理解しやすいのだと思います。

    今日『一人称と三人称』という創作論のようなものを途中まで読んだのですが、6ページ目の三人称の定義(https://kakuyomu.jp/works/1177354054881172092/episodes/1177354054881172408)の三人称単視点の説明に、空中に浮かぶカメラというものが出てきました。
    作者視点と指摘されている部分はこれに近いかもしれません。
    空中に浮かぶカメラの部分は三人称俯瞰視点で書くそうなのですが、俯瞰というだけあって主人公から離れた位置に視点があるので、この視点なら主人公のことを彼と書いてもいいようです。
    ただ、空中に浮かぶカメラは単視点で使用してはいけないと言う人もいるそうで、帆乃風さんは恐らく使わないのでしょうね。

    Zooeyさんのお返事はどこも失礼なところはありませんでした。
    丁寧にありがとうございます。
    それに対し、また長々と書いて、私こそ不愉快に思われないか冷や冷やしています。
    申し訳ありません。
    主人公のそばで客観的に書くことと、主人公から離れた位置で客観的に書くことは、距離の違いから文章が変わってくると思うのですが、その辺りを混同されてる気がしたのです。
  • コメントありがとうございます。

    そうですね、私自身、三人称を書く時は三人称単一視点を使っているつもりで、
    前のコメントでお書きした「作者が主人公の後ろに張り付いて、その人物の視点を借りて語っている」というのが私の中での三人称単一視点の認識でした。
    他の方のご指摘から、それ以外にもいくつかの方向に細分化されるということを初めて知って、人称も視点も同じ扱いのものでも、色々あるのだなと思って勉強になったなと思っています。

    高梨さんのご指摘、ご意見からもとても大きなものを得られていて、
    特に「彼」とか「彼女」といった人称代名詞から作者と視点主の距離が変わってくるというのはなるほどなぁと思いました。
    前回のコメントの時、正直に申し上げると、「彼」と書くと作者視点になってしまうので書かない方が、というご意見は、仰っていることそのものは分かったのですがちょっとピンとこない所があったんです。
    でも、今回、視点主から作者の張り付いている距離が遠くなってしまう、ということなのだなと思うとすとんと腑に落ちました。
    「彼」という言葉を使ってはいけないと言うよりも、それを使うと距離が遠くなることを意識して、不自然に見えないよう注意しなくてはならない、という風に受け止めました。
    今回のように、ぱっと作者が離れるような感じにならないように注意しようと思います。

    ちょっと自分の書いてきたものを振り返って考えてみたのですが、私はむしろ掌編の方がこうした俯瞰的な説明は加えやすいように思いました。
    あとは長編でも世界観に凝ったものとかでしょうか。

    掌編で少し設定が多いものを書く場合は、効率よくその設定を伝える必要が出てきますから、例えば今回のように回想部分や状況説明などでは、書き手も読み手もすんなり理解しやすい俯瞰的な書き方をしてしまいやすいのかなと思いました。
    だからこそ掌編では設定やキャラクターが多いものは書かない方がいいと言われるのでしょうけど。
    あと、世界観に凝った長編は、俯瞰的に書いた方がその世界の全容をイメージしてもらえやすくなると思うので。

    長編の場合はたぶんそういう部分は必要だと思うのですけど、
    掌編で近視的な描写から俯瞰的な説明へ切り替えるのが良いのか悪いのか。
    今回は望ましくはないということにして、龍と拓の関係についての説明は削り、最低限の情報を、他の部分に少しずつ散らして書いていこうと思います。
    そうすることで、他の方からのご指摘にあったように母親とのエピソードを増やすこともできそうですし(掌編であっちへこっちへ話が飛ぶと読みにくいので、お母さんとのエピソードを書くなら他の部分を削らないとと思って)。

    なんでも口に入れてしまっていた幼い頃のことは、削るとお話が成り立たなくなってしまうので残して、そこでご指摘いただいた人称に関する部分などを反映して書き直したいと思います。

    ちなみに、私は神視点がまだうまく扱えないので(一度30枚弱くらいの短編で練習して、それらしいものにはなったのですが、書いてて抑えなくてはならないところが多くてクソつまんなかったです)、
    基本的に視点は一人のキャラクター固定して書いています。
    ころころ視点が動くのはあまり好きではないです。
    ただ、これまでの私は「視点のブレ」というのはキャラクター間のものという風にしか捉えていなかったので、
    視点主と作者の間でそれがブレることもあるのだというのが新しい発見でした。

    それと、作者視点とご指摘を受けた部分で主人公が分からなくなる、というほどここの問題を深刻なものとして捉えていなかったので、考えが甘かったなと思います。

    掌編自体あまり得意でないので、ご指摘いただいたものをきちんと消化して、少しでも上達できれば嬉しいなと思います。
    ありがとうございました。
  • 夕日 ゆうやさん

    コメントありがとうございます。
    エッセイの方、うかがいました。
    たくさん作品が並んでいて「すごい…」となりました。

    男性向けレーベルが多いのかな?
    私は女性なのでなかなか手が伸びそうもなくて(というのと、生活ギリギリの経済状況なので買うのが難しいというのもあり…)

    でも、一人称も普通に書くので、本屋さんに行く機会などあればちょっと探して見てみます。
    それに、一人称でありながら、視点人物のいない所を俯瞰してんからの語り手が補っていく、というのは初めて知って、そんなものもあるんだ、と衝撃を受けました。
    ラノベ読まない…というか、本自体あまり読まないからだと思います。
    いろんな語りのスタイルがあるんだなと思いました。

    ありがとうございました。
  • 夕日ゆうやさん

    コメントありがとうございます。
    こちらの方もお返事が遅くなってしまってますね。すみません。

    『プロローグは刺激的に』はこちらのサイトで読ませていただいてます。
    面白いですよね。
    書籍化されたものは、たぶん色々と違いがあるのでしょうけど。

    あと、最近書籍化されたものでは、『木崎夫婦ものがたり』は作者さんが昔から仲良くさせていただいている方なので、買いました。
    こちらも一人称作品なので、楽しみつつも勉強させてもらおうと思います。
    私は普段読書しないので、本を読むとすぐに文体に影響が出てしまうので、
    今書いているもの(三人称)が終わって、次に書く予定のもの(一人称の予定)に取りかかれたら、
    そのタイミングでじっくり読もうと思っています。

    他にも色々とご紹介してくださって、ありがとうございます。

    一人称+語り部、なんとなくわかりました。
    一人称だけれど、回想形式になっているという感じでしょうか。
    そういうものであれば、結構ありますよね。
    ヘッセの『少年の日の思い出』も、途中から「彼」が「私」に昔のことを語る形式になってた気がします。

    そして、回想形式なら、当時の自分や出来事を思い出しながら、という形になるので、
    自ずと自身とも物語とも距離ができて、俯瞰的になりますね。
    回想なら、当時は知りえなかった事柄も知っていておかしくありませんから、ちょっと神視点に近くなるのかも知れません。
    そういうものは、今後、挑戦する可能性も高いので、ご紹介頂いた作品も、できれば見てみたいと思います。

    ありがとうございました。
  • こんばんは。
    すみません、言葉が足りていませんでしたね。
    誰がどういう対応をしたかは理解しています。
    でも拓の目には教師というのは、ひと括りに見えているだろうなと思ったんです。
    そういう意味での感想でした。
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