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書いてみた その1 沈黙の要塞

長編にするかどうかも、、なかなかこうどういうのがいいか定まらず。ちょこっと書いたのその1。

沈黙の要塞

「大将、チャーハンを一つ」
「あいよ」
「大将、こっちはからあげだ」
「あいよ」
 頭に白いタオルを巻いた小柄な男が屈強な男たちの声に応じる。男は40代半ばほどでぼさぼさの黒髪に無精ひげを生やし、白の割烹着と呼ばれる独特の服を身に着けていた。
 彼は客の男たちに比べ随分と貧相に見えるも、彼らの彼を見る目は決して侮ったものではなく、「おいしい食事」という得難いものをもたらしたこの男に感謝の念を向けている。
 大鍋を振りパラパラと米が飛ぶも、一粒もこぼすことなく鍋に収まった。
 熟練の技がさえわたる瞬間である。
 カーンカーンカーン。
「敵襲! 敵襲!」
 外から鐘の音とともに野太い叫び声が響く。
「くそおお、大将、すまねえ」
「いいってことよ」
 口惜しそうにスプーンを置く男に引っ張られるようにして残りの客も急ぎ外へ向かう。
「作り切ってから置いておくとするか」
 割烹着の男は手を止めず、調理を終え、ふうと息をつく。
(あれからもう一年か……わけのわからぬ世界でコックをやってるなんてな……数奇なものだ)
 窓の外を見やり、今は亡き妻と生き別れとなった娘と息子へ思いをはせるも、詮無き事と首を振る。
「どれ、様子を見てみるか」
 男は厨房から出て屋上へ向かう。
 
 屋上からは城壁を一望に見渡すことができる。男は屋上で見張りをしていた兵へ右手をあげ挨拶をした。
「よお、大将」
「首尾はどうだ?」
「見ての通りさ」
 敵らしき集団はおよそ二百名程度。城壁から射かけられる矢によってバタバタと倒れていく。混乱したところで、こちらの兵士たちが切り込みを行い敵軍はちりじりになって逃走をはじめた。
 凡そ二週間ぶりの敵襲もいつものようにあっけなく撃退で幕を閉じる。
「我らリグリア王国も黙っちゃいねえさ」
「侵攻作戦がもうすぐはじまるんだったか?」
「みたいだぜ。ラジカル防衛拠点もお役御免になるなあ」
「平和が一番だ」
「兵士に平和はねえさ。引退するまで別の拠点か戦場に行くだけさ」
「街の衛兵に異動はないのか?」
 ないね、と首を振る兵士の男。
(俺はどうするか。こいつらについて行ってコックを続けるのも悪くない)
 ここに来る前の割烹着の男は常時戦場である防衛拠点とは真逆の日本という平和な世界で暮らしていた。
 しかし、彼はまんざらでもないといった風で今後のことを考えている。
(剣に倒れるのも因果応報ってやつだ……)
 そろそろ兵士や騎士らが戻ってくると言い残し、彼は再び厨房へ向かう。
 こんな日々が何となく続いて行くのだ、と防衛拠点にいる者全てがそう考えていた。考えていたのだ……。
 
「ツカサさんー! チャーハン追加ですうう」
「エルサ、もう戻ってくれたのか、助かる」
 食事処に入る否やグレーの毛色をした犬耳の少女が割烹着の男――ツカサを呼ぶ。
「冷めているものでよけりゃ、そこの兄さんに持って行ってもらえるか?」
「はい!」
 犬耳少女のエルサはふわっふわのグレーの髪を揺らし、お盆に大盛チャーハンを乗せ配膳に向かう。
 戦いから戻った男たちが殺到し、厨房が第二の戦場となった。
 エルサが休憩から戻ったことで、ツカサは調理に集中でき、テキパキと注文をさばいていく。
 座席は既に満席であるが、外に行列ができるほどになっていた。
(これぞ日本流「焼き餃子」だぜ)
 四角いフライパンの蓋をあけると油と焦げた皮のいい香りが彼の鼻孔をくすぐる。
(食文化がまるでことなるリグリア王国で経営していた小さな中華料理店の味を再現するため、四苦八苦したものだ)
 などと考えながらも大鍋を軽々と振るう。細身の体であるものの、しっかりと筋肉がついており、見る者が見れば一長一短では成し得ぬ肉体だと分かる。
「あがったぞ、焼き餃子だ」
「はい!」
 餃子の乗った皿を彼女に向け差し出そうとした時、彼の背筋にゾワリと悪寒が走る。
「っつ!」
「きゃ」
 ツカサが餃子を放り投げエルサに覆いかぶさった次の瞬間、僅か上を風が吹き抜けた。
 ズガガガガ。
 けたたましい音をたて厨房の台座に亀裂が入る。先ほどの風は刃物が通り抜けたが故で、エルサを狙った刃物は代わりに厨房を切り裂いたというわけだ。
「エルサ、そのままで」
「い、一体?」
「目を開けるなよ」
「きゃ」
 ツカサが彼女を抱え上げ、厨房の隅に座らせ大鍋を掴み上げる。
 そこへ再びきらりと刃物らしきものが駆け抜け、その動きに合わせて彼が大鍋を横に振った。
 バシャアアアと熱せられた油が飛び散り、悲鳴があがる。
「あ、熱っ!」
 何も無かった空間に突如黒頭巾の男が出現し、被った油に悶えているではないか。
「ちょいと寝ておきな」
 掴んだままの大鍋で黒頭巾の脳天を叩く。声もあげずそのまま真後ろに倒れる黒頭巾。
(完全に姿が消えていた。『本物の』魔法ってやつがあると兵士から聞いてはいたが……これが魔法か)
 内心戦慄するも表情にはおくびにも出さず、厨房から食堂を仰ぎ見る。
 食堂は半数ほどの客の首が飛び、ようやく事態に気が付いた客の兵士や騎士たちが怒号をあげ腰の剣を引き抜くも次々に見えぬ敵に倒されて行く地獄絵図となっていた。
「焦るな! 仲間の死を無駄にするな! よく見ろ」
 叫ぶも、首が飛ぶ騎士。
 しかし、彼の死を無駄にするものかと鮮血で姿を現した敵に剣を突き立てる。
 一人仕留めたが、彼もまた別の目に見えぬ敵に心臓を一突きされてしまう。
「みんな、こっちへ、俺がやる」
 中華料理必須アイテムである綿棒を握りしめ、厨房から飛び上がったツカサは血のりのついた目に見えぬ敵の後頭部を殴りつけ打ち倒す。
(姿が見えずとも、気配で、音で、殺気で、分かる。敵はあと三人。食堂以外にも『いる』だろうな)
 気配を感じるには特殊な訓練が必要だ。気配を感じ狩をするようなことを行っていない兵士や騎士にはこの難敵を打ち倒すことは難しい。
「そうだ、俺を狙え」
 血のりが一部に付着していたとはいえ、見えぬ部分である後頭部を的確に打ち抜いたツカサに目標を定めてきたようだった。
「ば、馬鹿な……」
 綿棒でみぞおちを突かれた目に見えぬ敵がまた一人崩れ落ちる。
 声を出したからか、見えなかった敵が姿を現し完全に伸びていることが分かった。
「そ、そんなはずは」
「おい、声を出しては」
 残りの二人も姿を現す。
「見えようがどちらでも変わらんよ。武器を捨て逃げ去るのなら追わない。そうでないなら……」
 睨みつけると残りの敵兵は武器を捨てつまづきながらも厨房から立ち去っていく。
 襲撃の結果、無事だった者はエルサを含め僅か四人になってしまっている。
(一体どうやって侵入したんだ? 見えなくても厨房に入ってきたのなら『気が付く』。それが……。いや、考えるのは後だ、見えない敵は初見殺しが過ぎる。姿が見えぬことを一人でも多くの兵に伝えないと)
 はやる気持ちを抑え、厨房の隅で犬耳をペタンとさせて震えるエルサの頭を撫でる彼であった。

2件のコメント

  • >綿棒
    これだと耳掃除用でんがな(笑)。
    →麺棒
  • ほんまや!
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