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冷やし飴

 「冷やし飴を買いたい」と父が言い出したのは、私が大学生のときでした。

 夏の暑い時期だったと記憶しています。私は「冷やし飴」の存在自体を知りませんでした。父が言うには、幼少時代に駄菓子屋で飲んだ冷やし飴の味が忘れられない、あの味を知らないなんて可哀想だ、とのことでした。

 早速探してみましたが、近場では販売しているお店を見つけられず、ネット販売で関西から取り寄せました。

 冷やし飴は、戦前には全国区で売られていた駄菓子だそうです。しかし、戦争で製造出来なくなり、戦後はほとんど関西地区でしか製造されなくなったようです。



 さて、大瓶で届いた冷やし飴はドロッとしていて、黒蜜のようでした。これを水で割って、冷蔵庫でキンキンに冷やし、家族全員分をコップに注ぎ、いざ実飲。

 一口飲んだ感想を正直に書くと、「美味しくない」でした。冷やし飴に含まれる麦芽水飴や生姜の独特の風味を、私は「苦手」と感じました。
 そう感じたのは、姉妹や母も同じだったようです。
 
 私がショックだったのは、それまではしゃいでいた父の顔が、一口飲んだ途端に曇ったことでした。父は首を捻り、少し居心地が悪そうに、黙々と飲み干しました。

 私はつい、「美味しい」と嘘を言いました。父を不憫に思った訳ではなく、美しい郷愁の世界を壊したくなかったからです。
 そのせいで翌日から、誰も見向きもしない冷やし飴の処理係になり、軽い地獄を味わったのでした。



 子供の頃に美味しいと感じた味も、大人になってから知った「もっと美味しいもの」の前では、色褪せてしまうのでしょう。大人になってから食べる駄菓子の味は、目を輝かせて駄菓子屋の棚を眺めた子供時代の味には、敵わないのではないでしょうか。
 それでも駄菓子は、幼い日の宝石のような思い出とともに、いつまでも煌めき続けるのです。

8件のコメント

  • どことなく切なさを感じつつも、美しく思えるお話ですね!(≧∇≦)/
    幼少のころ、確かに感じていた。宝石のように煌めく思い出は、何事にも代え難いのでしょう。あの味は、決して嘘でなかったはずです!

    釣船草さんの、近況ノートへと。初コメント失礼しました!m(_ _)m
  •  せんりさん!! 嬉しいです!!
     ありがとうございます!!

     まさにおっしゃる通り、子供の頃に食べた駄菓子の味、幸福感は、何事にも代え難い思い出です。

     また気軽にいらしてください(*≧∀≦*)
     ありがとうございました♪
  •  もし、もう二度と飲みたくないのであれば別ですが、ご自身でお作りになってみるのはいかがでしょうか。
     拙作の宣伝のようで申し訳ないのですが、『お菓子作ってみませんか?』で先日紹介した生姜シロップが、ほぼ『冷やし飴』なのです。

     駄菓子の冷やし飴よりも辛めに仕上がりますが、麦芽水飴を使わない分少しだけ飲みやすいと思います。
     これでも苦手かなと思われましたら、レモン果汁を入れて酸味を加えてみるとよいかも。
     未成年でなければ、ただの炭酸ではなくビールで割るのも美味しいと友人が教えてくれました。500mlペットボトルにいっぱいのシロップをその友人に分けたのですが、もうおかわりの催促がやってきました。友人よ、作り方は教えたんだから、自分で作ってもいいんだぞ。

     思い出には補正がかかるから。ときどき現実に直面してがっかりすることもあるけれど、それもいつか笑い話として、いい思い出にできるといいなと。私はそう思っています。
  •  コメントありがとうございます!
     生姜の風味自体は好きなので、生姜シロップに興味を持ちました。
     おっしゃるように、レモン汁を加えたら爽やかになりそう。そして、ビールで割るなんて、何とも美味しそうですね……!

     読みに行きます。
     ありがとうございます♪
  • 家族との思い出って、良い事ばかりではなくて、その時感じた、ちょっとした寂しさや残念な気持ちを、いつまでも覚えていたりしますよね^^

    釣舟草様には、ちょっと困った思い出かも知れませんが、読ませて頂いた方には、ジーンと来る素敵なお話でした。

    ありがとうございます。
  • 嬉しいコメントをありがとうございます♪
    そう思っていただけたなら、私の困った思い出も成仏できます。

    また気軽にいらしてくださいませ(*≧∀≦*)
  • 冷やし飴、私も修学旅行で京都に行った際に飲んだことがあります。
    その修学旅行での行動班のメンバーは男女二名ずつの構成だったのでが、私と同じ班になった男の子は正直なところ普段はあまり関わったことがなく(当時不真面目だった私とは違い、リーダー気質のしっかり者の彼だったので)、互いに何とも気不味い空気を味わったのを覚えています。それでも、彼の方が気を遣ってくれて、あるお茶屋の店先に掲げてあった「冷やし飴」というメニューをみつけると、どんなものか試しに頼んでみようと私を誘ってくれました。
    私たちは「冷やし飴」がどんなものか知らなかったので、それがくるまでの時間を会話も少なくそわそわ待っていました。
    とうとう来たそれは、私の予想に反して飲み物でした(冷えた飴玉を想像してました)。飲んでみた感想も、釣船草さんと同じく「あれ……あまり美味しくないぞ?」というものでしたが、互いにそれを口に出すことはなく、この場の無言の言い訳をそれを飲む動作に求めて、やけにちびちび飲んでいたのを思い出します。
    そう言えば彼も、そのころ小説を書いていたっけ? 今では彼は立派な警察官になられたとのことです。
  • 素敵なエッセイをありがとうございます。
    それは忘れられない思い出になったことでしょうね。冷やし飴には、お互いに何とも言い難い思い出がありますね。
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