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一杯のコーヒー

 私の祖父はコーヒーが好きだったそうです。「そうです」と伝聞調なのは、本人から聞いたわけでないからです。祖父は私が生まれる前に亡くなり、写真でしか知りません。

 それを語って聞かせたのは祖母です。祖母は自己満足の自伝を書き綴っており、孫たちに朗読して聞かせるのが好きでした。

 姉妹たちは飽き飽きしていましたが、私は祖母の朗読が好きでした。野山を駆け回った幼少時代から、結核にかかり不遇だった少女時代、戦争、そして祖父との感動的な出会い……。

 『1949年、黄金の骸骨を探しに』は、第二次世界大戦の戦後を舞台にしています。当時を体験した人の中で、まだ生きていらっしゃる方もいるでしょう。そんな繊細な時代を、私の拙い手で書くことは、下手したら冒涜になってしまうのではないか。そんなふうに悩んだりもしました。今でも悩んでいます。

 それでも私は、朗読する祖母の嬉しそうな顔を忘れられません。
 忘れられてはいけない時代、風化させてはならない時代であるにも関わらず、物語の舞台になることは余りありません。

 その時代を生きた方に失礼無いよう、血眼になって資料を漁りながら書きました。祖母の話を思い出しながら、物語に組み込んだりもしました。霧の中を進むような時間でした。

 かつて、コタツで目を輝かせながら祖母の話を聞いた幼い日の自分が、そこにいるようでした。

 戦後の食糧難、物資難の頃に祖母と飲んだ一杯のコーヒーの味を、死ぬまで愛し続けたという祖父。その祖父との思い出を大切に天寿を全うした祖母。2人が見守ってくれていますように。

2件のコメント

  • 素晴らしいお話ですね……近況ノートで感動する日がくるとは。

    お祖母様のお話がこんな心を込めた小説に繋がっているなんて、お祖母様もきっと天国で喜んでらっしゃいますね!
  • ちゃんと伝わるか不安だったので、そう思っていただけて嬉しいです!
    祖母が喜んでくれていたらいいな、と思います。ありがとうございます!
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