《イワクツキなヒト》公開に際してのお話


作家という生き物はどこまでいっても、何かを書き続けることで心を満たしているのだと思います。

多かれ少なかれ必ず功名心があり、一つの作品で自らの過去を正しいものだったと証明するために、『今』を変えようとしているわけです。

《イワクツキなヒト》という作品は、MF文庫Jライトノベル新人賞の最終選考に残った過去があります。ここで作品を公開している時点で、読者の方々はその選考の結末を察しているでしょうが、この作品であの頃の自分の『今』を変えることは出来ませんでした。

当時の原稿を読み返すと、そこにあるのはとても強い熱意と拙い文章。
落選した時は怒りと苛立ちを覚えましたが、今ならこれで全てを変えることなんて、出来なかっただろうなと分かります。

それから三年後に自分は何者でもない人間から無事にライトノベル作家を名乗れるようになり、今年で何とか五周年を迎えられました。
それでも心には《イワクツキなヒト》が落選した過去が、「返し」の付いたトゲのように刺さったままで、この作品をどこかで公開できないかと悩み続けていました。

過去に当時の担当さんと新作を準備する中で、一度だけこの作品の企画を相談したこともあります。しかしそこから企画を練る段階にまでは至らず、またしても《イワクツキなヒト》は世に出る機会を与えられなかったわけです。ただ、これに関しては僕のお渡した草案がいまいち響くものではなかったというのも、大きいかもしれませんが……。

では何故、今年になって作品をカクヨムで公開することになったか?
これには、二つのきっかけがありました。

一つは、高校時代の友人がプロのイラストレーターとしてフリーランスで活躍しており、彼にこの作品の景色を描き上げてもらったことが大きいです。
商業では当然ながら、作品に関わるイラストレーター様を探すのは担当編集者様の仕事であり、作家が一から百まで関わるケースは滅多にありません。専門的知識を伴う、細かな指定なども編集者様が行うことが多いでしょう。

つまりその点に関しては全くド素人の僕が、友人と共にイメージと意見を擦り合わせるのは難儀しました。完全な没を一回、リテイクを数回繰り返し、それなりの金額と時間を代償に完成した今回のキービジュアルは、非常に満足いくものでした。

11年間書き溜めていた自分の作品と世界に、絵が付く。

そういう意味ではデビュー作で初めてイラストをいただいた時と、同じくらいの衝撃と感動がありました。そして同時に、そのイラストがとても素晴らしいものだったからこそ、これを携えて《イワクツキなヒト》を世に送り出そうと決心出来たのです。万が一、ほんの少しでも納得いかないイラストであれば、その勇気は持てなかったでしょう。

もう一つの理由は、自分が執筆に費やせる時間がそれほど残っていないのかもしれない、と感じたからです。

ライトノベル作家の多くは残念なことに、年に一冊二冊本を出した程度で専業を名乗れるほどの収入は得られません。特に人気作が無い作家ほど、出版による収入は必然的に低くなります。だからこそ多くの作家は生活に安定を求めて、いつしか物語を書く時間と情熱が削ぎ落されていきます。

誰もが初めて本になったデビュー作を手にした時に魂に宿っていた、強い炎は逆風に晒されることで弱まっていくばかり。創作に水を差すような過酷な現実も、生きていれば誰にだって起こり得ること。作家のまま死ねる人間なんて、数えるほどしか存在しないでしょう。みんなどこかで諦めて、筆を折るのではなくて机の奥深くに隠してしまうのです。

自分も様々な意味で、デビューしたあの日とは状況が変わってきました。
筆が走る速度や情熱は変わっていないのに、歳を重ねれば原稿だけを見つめていればいいという現実は確実に変わっていきます。
これはもう、仕方のないことです。デビュー作で大きな栄光を得られなかった作家は、専業作家として順風満帆な日々を送れないのですから。

ただし近頃は漫画の原作やスマホゲームのライターをすることで、執筆だけで生活を送れる人も増えてきました。これは作家の新しい活躍の場が増えるという点でも、非常に喜ばしいことです……!

とにかくそういった変化もあり、自分がいつでも『作家』に帰れる場所として、このカクヨムというプラットフォームで《イワクツキなヒト》を公開することを決めました。

たまに新人賞の落選作を「供養する」なんて言い方で作品をカクヨム公開する方も居ますが、僕はむしろここで「生き続けて」もらうことが目的です。


長々と語ってしまいましたが、以上が作品公開を決めた理由となります。
更新は不定期ではありますが、ゆっくり続けていきますので、よろしくお願い致します!年内にも更新を予定しています!

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