チャンドラーを初めて読んだのは小5の時だった。
海外ミステリを古典から乱読し始めた頃で、トリックが衝撃的なクリスティやカー、鮮やかな謎解きのクイーンと比べるとパッとしないという印象だった。
ハードボイルドは時代背景とも密接に関わってくるため小学生にとって1930年代のアメリカが想像しにくかったこともあると思う。
そして高1の時に和製チャンドラーと言われデビューした原尞氏の『そして夜は甦る』に出会った。
リアルタイムでの新宿が舞台という馴染み深さ。そして私自身の成長もあっただろう。だがそんな理屈付けを超えて、そのおもしろさカッコよさに惹きこまれた。
いや惹きこまれたという言葉では足りない。何度も繰り返し夢中で読んだ。通しでも20回は読んでいる。
未読の方は最初の章だけでも読んで欲しい。依頼者が主人公の沢崎を訪れやりとりをする場面なのだが、わずか数ページで沢崎の人となりや探偵としての在り方がわかる。ミステリアスな依頼者との駆け引きも相まって最高の導入となっている。これは拙作『霧乃宮高校文芸部』で登場人物の口を借りて言わせてもらったほどだ。
『そして夜は甦る』を介してハードボイルドのおもしろさに目覚めた私はチャンドラーを読み返したのはもちろん、古典からネオハードボイルド、国内海外問わず読み漁った。
傑作はいくつもあったしオールジャンルオールタイムのベスト30に入るであろう作品もある。しかし私にとってハードボイルドの最高傑作は原尞氏の沢崎シリーズであり続けた。今後もこれ以上の作品に出会うことはないだろう。
氏は寡作であったがそれを不満に思うことすらないほどの濃密な読書体験をさせて頂いた。
早すぎる訃報に悔しさとそして改めて感謝を捧げる。