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ラスドラ1話・2話

【世界の終わりに君の声を聞いた1】

「くそっ……あんなたくさんの敵とどうやって戦えば……」

 大地を覆い尽くし、黒く見えるほどに多くのモンスターが大挙して迫ってきていた。
 必死に抵抗を続けてきた人類であるが、これまでの戦いでかなり消耗していてこれほど多くのモンスターと戦うのは厳しかった。

「□□□だ!」

 誰かが誰かの名前を呼んだ。
 振り返ると黒いドラゴンが見えた。

 悠然と羽ばたいて空を飛んでいるように見えているが実際はすごい速度が出ている。
 黒いドラゴンは一度頭を上げて空高く舞い上がると迫り来るモンスターの方を見た。

 黒いドラゴンの口からビームのような火炎が放たれてモンスターたちの真ん中で大きな爆発が起こる。

「□□□が来たぞ! 反撃の時だ!」

 きっと黒いドラゴンの名前が呼ばれているのだろうと思う。
 なのに相変わらずその名前だけはなぜか聞こえてこない。

 覚醒者たちは強力な援軍に湧き上がり、戦う意欲を取り戻す。
 見るとドラゴンがモンスターの中に突っ込み、その背中から人が一緒に飛び降りていた。

「□□□と□□□□がいてくれるならきっと私たちは勝てる……」

 自分で声を発しているはずなのに名前が分からない。
 ただ胸に広がる希望は確かなものである。

「勝とう……人類はきっと……」

 ーーーーー

「どうして……」

 岸晴香(キシハルカ)は絶望の表情で武器を落としてへたり込む。

「未来視では確かに……」

 ハルカが戦っているのは巨大な黒いドラゴンだった。
 他の人々が必死に攻撃しても黒い鱗には傷一つなく、抵抗を嘲笑うかのように人々を蹂躙している。

「ハルカ! 何をしている」

 中年の男性が晴香の腕を掴んで立ち上がらせようとする。
 目の前にドラゴンが迫っているのにこんなところにいては危険すぎる。

「未来視は……ここまで大きく変わるなんてことなかった。どうして……あのドラゴンは人類の味方だった!」

 ハルカは未来視という未来を見る能力を持っていた。

「何を言ってる! お前も知っているだろう! あの邪竜がどれだけ多くの命を奪ったかを!」

「でも……そんな……じゃあ私が見たのは?」

「知るか! 立って走れ! 逃げるんだ!」

「どこに? もう逃げられる場所なんてないよ!」

「いいから……」

 次の瞬間黒い光が辺りを包み込んだ。
 後に残されたのは静寂。

 瓦礫すら残らず周辺は大きくただの荒れ果てた平野に変わってしまった。
 黒いドラゴンが一鳴きする。

「……クソッタレ」

 下半身が消し飛んで地面に倒れる愛染寅成(アイゼントモナリ)は悪態をついた。
 アーティファクトの効果で命を長らえているが、周りに助けてくれる人もいないのでただただ死を待つだけのわずらわしい時間となってしまった。

 腰から下がないのに痛みも感じないが足がないという違和感は感じる。
 非常に気持ち悪い感覚だと思う。

『レベルアップしました!』

「……今更なんだよ」

 トモナリの目の前にウィンドウが現れた。
 ゲームの中にあるようなステータスやメッセージの表示のようなものが見えている。

 倒れてるだけなのにレベルアップした。
 下半身が消し飛ぶ直前に剣を刺したモンスターが死んだのだろうとトモナリは思った。

『レベル100を達成しました! スキルスロットが利用可能になります!』

「こんな時にスキル解放してどうなるんだよ」

 もう後数分もすると死んでしまう。
 レベルアップしてスキルが増えても何の意味もない。

「……アイテム全ツッパでランダム抽選でスキル解放」

 どうせ世界も終わりなんだ、やってもやらなくても変わらないのなら最後に少しでも気分良く死にたいとトモナリは思った。
 トモナリのインベントリのウィンドウが現れて中に入れているアイテムが次々となくなっていく。

 ゴミみたいなものから必死になって手に入れた貴重な物まで全てがインベントリの中から消えていく。
 もはや持っていても仕方ない物だと分かっているのに惜しいような気持ちが湧いてしまうのは人として仕方がない。

『ランダムスキルの抽選を行います』

 インベントリの中がすっからかんになって、またメッセージが表示される。

『確率変動が起こりました!』

「……確率変動?」

 これまで見たことも聞いたこともないメッセージが現れた。
 言葉の意味は分かるのだが何の確率が変わったのだというのことは理解ができない。

『スキルの抽選が終わりました! EXスキルが抽選されました!』

「E……X?」

 またしても聞き馴染みのないメッセージ。
 良さそうなもののようではあるけれどトモナリはEXスキルがどんなものなのか知らない。

『EXスキル“モンスター交感力”を手に入れました!』

「モンスター交感力だって?」

 これまた聞いたこともないスキルだった。

「何ができるスキル……」

「うおおおおおおおん! みんないなくなっちゃったよー!」

 得られたスキルが何なのか確認しようとした瞬間、遠くに聞こえていたはずの邪竜の声が比較的近くで耳に届いてきた。
 しかもそれだけではなく、邪竜の声がなぜか頭の中でしっかりとした言葉として理解ができた。

「でも終わってない! ってことはまだ誰か生きてる?」

 体が浮き上がりそうな振動を感じ始めた。
 近いなと思っているとトモナリに影が落ちた。

「生きてる?」

 トモナリの視界を全て覆い尽くすほどの巨大な生き物が上から覗き込んできた。
 巨大な生き物、それはトモナリたちが邪竜と呼んでいた黒いドラゴンであった。

「死んでる……かな。体半分になってるしね」

 はたから見たらドラゴンが偶然見つけた奇妙な死体を覗き込んでいる程度の光景である。

「生きてる……」

「えっ!?」

 リアクションもないトモナリのことを死んでいると思った邪竜が顔を上げた。
 何で答えようと思ったのか分からない。

 でもトモナリは気まぐれに答えた。
 邪竜は大きく目を見開いて再びトモナリを覗き込んだ。

「君生きてるの? いや、それよりも僕の言葉が分かるの!?」

 覗き込んで振られた頭の風圧だけでトモナリは飛んでいってしまいそうになる。

「これが交感力ってやつの力か……」

 だからなんだと笑いそうになる。
 モンスターの言葉が分かるというのはすごいことかもしれない。

 だからといってそれをどう活かしていけばいい。
 戦いに使えるものじゃない。

 今この状況を打開するのにも役に立たないし、生きているモンスターだって目の前の邪竜のみである。

「ねねねねねね! 僕の言葉が分かるの!」

「顔近づけるな! 鼻息で死んでしまう……」

「あっ、ごめん」

 興奮したような邪竜がトモナリに鼻先を近づけた。
 巨大なドラゴンである邪竜の普通の鼻息ですら暴風みたいなものなのに興奮していると本当に死んでもおかしくなさそうな勢いがある。

 トモナリに怒られて邪竜がしゅんとなる。
 なんだかトモナリがイメージしていたものと大きく違う。

「でもでもでも! 僕の言葉が聞こえてるんだね!」

 やや顔を離しながら興奮して邪竜がトモナリに話しかける。

「ああ……分かるよ」

 人生最後の日、人類最後の日の会話が邪竜と役立たずの会話だとは面白いものである。

「ああ……初めて僕の言葉が分かる人に出会ったよ! 君の名前は?」

「俺はトモナリ」

「友、なり? ええっ!? 自己紹介の前に僕たち友達になっちゃったの!? うへへっ、それは嬉しいなぁ!」

「違う違う……俺の名前がトモナリなんだ」

「あっ……そういうこと」

 怒られた時よりも邪竜が大きくうなだれてしゅんとする。

「なんだお前……友達欲しいのか?」

 もう邪竜がなんだとかどうでもよくなったトモナリはざっくりと邪竜に話しかける。


【世界の終わりに君の声を聞いた2】


「なっ……そんなこと…………ある、けど」

 恐ろしく大きな体してるのにギリギリ聞こえるぐらいのか細い返事だった。

「…………なら友達になるか?」

 なんで世界を滅ぼした。
 どうしてみんなを殺した。

 なぜこんなことを始めた。
 聞きたいことはたくさんある。

 でも聞くのはやめた。
 聞いたところで世界が戻るわけでもない。

 なら何か先のためになることをしてみようと思った。
 トモナリはこんなもの気の迷いだなと思ったけど最後にくだらない話を聞いて終わるよりは少しでも良いことした気分になりたかった。

 友達が欲しいならなってやろう。
 気まぐれに口にした言葉だった。

「本当!?」

「ああ、俺が生きている間は何があっても友達でいてやるよ」

 邪竜が笑ってる。
 そう前に言われた時は未来を繋ぐためにと残った覚醒者を皆殺しにした邪竜を遠くから見た時だ。

 確かに笑っているようにその時には見えたのだけど、今はちゃんと嬉しそうにしていることが分かる顔をしていた。
 邪竜の尻尾が振られ、風が巻き起こり地面に当たるために大きく振動がトモナリに伝わってくる。

(勘違いしていたのかもしれないな)

 ぼんやりとした頭でトモナリは思った。
 邪竜は敵であり、知ろうともしなかった。

 こんな犬みたいに邪竜が尻尾を振ることがあると誰が想像できただろうか。

「友達、友達、とっもだち〜」

 こんな風に友達ができたぐらいで大喜びすることがあるのだと誰も知らないだろうとトモナリは思わず顔をほころばせた。

「お前、名前は?」

 邪竜、と呼ぶわけにはいかない。
 人の都合で勝手に呼び始めたものだし名前があるはずだろうと思った。

「……僕、名前が無いんだ」

「名前が無い?」

「どこで生まれたかも、親がどんなのかも知らないんだ。ただ気づいたらここにいて、抗いようのない衝動で戦わされる……嫌だって叫んでも僕は……君たちを殺してしまったんだ」

「うわっ! 顔を俺の前からどけてくれ!」

「あっ、ごめん!」

 邪竜の目から涙が流れた。
 流れた涙は邪竜の真下にいたトモナリに降ってきた。
 
 邪竜にとっては些細な一滴の涙だったのかもしれないけれどトモナリにとっては大きなバケツをひっくり返したような量があるのだ。

「ごめんね……こんなことしたくないのに…………ごめんね」

 まだほんの少しだけ残っていた邪竜を責める気持ちが涙を流して小さくなって項垂れる姿を見た瞬間にチクリとした痛みに変わった。
 したくないのに戦わされる。

 立場も力も種族も違うが邪竜と人間は同じだったのかもしれない。
 何か、より上の存在によって戦わざるを得ないように仕向けられていたのだとトモナリは思った。

「……泣くな。せっかく友達ができた良い日に泣くもんじゃないさ」

「…………ゔん!」

 邪竜は口を閉じてグッと涙を堪えると尻尾で目を拭う。
 そこで拭うんだという驚きはあるがなんだか可愛らしい仕草にも見えてくるのだから不思議なものである。

「名前……つけてやらないとな」

「名前つけてくれるの?」

「呼ぶための名前が無いと不便だろ?」

「これまで名前で呼ばれることなかったから……」

「……何にしても名前ぐらいあってもいいだろ?」

 もう持っているアイテムも何もない。
 何かしてあげられることは名前をつけてやるぐらいだ。

 邪竜は期待するようにトモナリを見下ろしている。

「ポチ……」

「ダメ」

 トモナリは小さくため息をついた。
 名前をつけるとは言ったもののトモナリにネーミングセンスはないのだ。

 ポチも可愛いと思うのだけど邪竜は嫌らしい。
 チラリと邪竜の様子を見る。

 真っ黒なドラゴンは破壊のかぎりを尽くしながら戦う様子から邪竜と呼ばれていた。
 本来ならそうしたところをピックアップして名前をつけるべきなのかもしれない。

 しかしなんだか邪竜の本質はそうしたところじゃないような気がした。
 それに黒くてカッコいい名前よりももっと可愛らしい名前の方がいいと感じられてしょうがなかった。

「……ヒカリ」

「ヒカリ?」

 戦いの影響で今の世界の空は霞がかかっていて常に薄暗い。
 それでも昼夜ぐらいは分かるもので、薄く明るくなり始めていた空に太陽が顔を出し始めていた。

 だけどもうしばらく太陽の光をまともに見ていない。
 希望に満ちていた時代の暖かで柔らかな、眩しいぐらいの日の光をもう一度浴びたいと感じていた。

 どうせなら黒いとか闇とかそんなものじゃなくて明るい名前にしてやろう。
 オスかメスかも知らないがヒカリならオスでもメスでもいい。

 可愛らしいし邪竜なんてのとは程遠くて面白い。

「どうだ?」

「うん、僕ヒカリって好き」

「そうか……」

「お友達かぁ……何しようか?」

 名前ももらってヒカリはご機嫌だった。

「何したい?」

「友達とはねぇ……一緒にご飯食べるんだ」

「ご飯?」

「うん。おしゃべりしながら一緒に」

「そうか……良い夢だな」

 確かに他愛無い会話でも人と一緒に飯を食うと美味いものであるとトモナリも思う。

「あとは、綺麗なもの見たり色んな場所行ったり……トモナリに褒めてもらったりしたいな」

 ヒカリは曇った空を眺めて嬉しそうに語っている。

「すまないな」

「……どうしたの?」

「もう……お前とは一緒にいられない」

「どうして? ずっと友達だって……」

「見れば分かるだろ……俺、下半身消し飛んでんだ……」

 もはや血すら流れていない。
 特殊な魔道具の効果で生きているが生きていると言えるのかも正直怪しい。

 トモナリは感じていた。
 自分の命の時間が尽きようとしていることを。

「俺は死ぬんだ……せっかく友達になれたのに……ごめんな」

「ヤダ……ヤダよ!」

「死は止められない。あばよ、ヒカリ。強く生きろ……天国でお前は悪いやつじゃなかったとみんなを説得してやるからさ」

「お願い……死なないで! 友達でしょ!」

「今度は……もっと早く会えたらよかったな」

 ひどい耳鳴りがしてヒカリの声が聞こえなくなってきた。

「……次があるなら…………もっとまともに……今度はお前と友達に……」

「トモナリ……トモナリ!」

 トモナリのウツロな目は何も映し出さなくなった。
 邪竜は泣いた。

 初めてできた友達は悲しいほど短い時間でヒカリの元を去ってしまった。
 両目から激しく涙が溢れ出し、大地を揺るがすほどに大きな声で泣いたとしても友は目覚めない。

 ヒカリは願った。
 自分の全てを差し出してもいい。

 初めてできた友達を返してほしい。
 もっと一緒にいたかったと。

「うわあああああああん!」

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