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続々:庶民になった元お嬢様

【前書き】
第3話の先行公開です。
10月1日からハイペースで連載を始められるように頑張ってます!

第1話はこちら。
https://kakuyomu.jp/users/MuraGaro/news/16817330662740501574

第2話はこちら。
https://kakuyomu.jp/users/MuraGaro/news/16817330662834899642

【タイトル】
庶民になった元お嬢様 ~ボロアパートにやたらと上品な子が引っ越してきたと思ったら上昇志向つよつよな世間知らずお嬢様だった件~

【キャッチコピー】
ファミレスの領収書……お会計の単位はドルですの?

【本文】
「真美さんメッチャおもろい」

 翌日、ディナーの時間。
 妹は唐突に話を始めた。

「最初の挨拶、なんだと思う?」
「ごきげんよう」
「ぶっぷー、外れです」

 妹は立ち上がる。
 それから軽くスカートを持ち上げて優雅に一礼し、微笑みを浮かべて言った。

「ごきげんよう」

 お兄ちゃん正解じゃん。

「ここから伝説が始まったんだよ」

 妹は目を輝かせて語り始める。
 俺は食事の手を止め、その声に集中した。


 *  *  *


 その日、1年7組に女神が降臨した。
 教師の紹介を受け、教室に現れたのは長い黒髪を携えた美少女。一般人とは明らかに違う雰囲気を持った彼女は、教卓へと移動するだけで37名の女子生徒をうっとりさせた。
 
「──という感じの回想形式と、智花ちゃんとの楽しい会話形式、どっちが良い?」

 妹は無駄に流暢なナレーションを披露した後、いきなり素に戻って言った。

「会話形式でお願いします」

 特に何も考えず返事をする。

「真美さんの席、あたしの隣!」

 妹は嬉しそうに言った。
 どうやら会話形式が採用されたようだ。

「不思議な采配だな」

 俺は素直な疑問を口にした。
 我が家の苗字は「|小川《おがわ》」である。入学直後なら席順は「あいうえお順」が採用されるはずだ。妹の隣に空席があるのはおかしい。

「あたしの隣の子、お休みだったんだよ」
「なるほど。因みに、どのあたりの席なんだ?」
「一番前」
「超注目されちゃうな」
「それな。プラネタリウムに星が一個だけある感じ」

 妹は懐かしい話をした。
 五年ほど前、妹は「星が見たい」と言った。

 我が家の位置は東京の端。
 もう少し西へ行けば奥多摩という大自然があるけれど、交通費を支払う余裕は無い。

 俺はプラネタリウムを自作した。予算の都合で星はひとつしか用意できなかったが、喜んでくれたことを覚えている。

「プラネタリウムは直ぐ飽きたけど、真美さんは一日中飽きられなかったよ」
「お兄ちゃんの綺麗な思い出を壊すのやめてくれる?」
「あっはっは」
「いやなにわろてんねん」

 妹はパチッとウインクをする。

「今も大切に保管してるぜ」
「なら良し」

 兄はチョロい。

「一限目が始まりました」
「そうか」
「真美さんオーラやばいの」
「どうやばいんだ」
「まず姿勢。見て。こうだよ。こう」

 妹は背筋を伸ばして微笑を浮かべる。
 それからちゃぶ台を机に見立てて何かジェスチャーをした。

「上品にノートを取っていたわけだ」
「思わず真似しちゃったよね」
「先生笑わなかった?」
「空気を読んで優雅に授業してたよ」
「お嬢様学校、誕生しちゃったね」
「クラスレインでは大爆笑だったけどね」
「令和って感じ」

 高輪さんは無事に受け入れられたようだ。
 治安の良い学校みたいで兄としても安心感がある。

「授業が終わると真美さん囲まれるじゃん」
「だろうな」
「なんて言ったと思う?」
「ごきげんよう」
「ぶっぷー、外れです」

 妹は再び背筋を伸ばす。
 それから口元に手を当てて言った。

「うふふ、歓迎して頂きありがとうございます。授業も小学校の復習でしたね。気を遣って頂けるのは嬉しいですが、普段とお変わりなく過ごして頂きたいですわ」

 妹はフッと自嘲的な息を吐き、遠い目をして言った。

「格の違いを思い知らされましたわね」

 兄には分かる。きっと直前の授業は妹にとって難しかったのだろう。それを「小学校の復習」とピュアな目で言われたのだ。格の違いを思い知らざるを得ない。

(……そうか、それで「真美さん」なのか)

 俺は呼び方が変わった理由を理解した。
 昨夜は「真美」と呼び捨てだったはずだ。

「昼休みになるじゃん」

 妹は気を取り直して話を続ける。

「真美さん席から動かないの」
「昼休みって分からなかったんじゃないか」
「しおり持ってるよ」
「準備が良い学校だな」
「智花ちゃんが一晩で作りました」
「偉い!」
「えへへー」

 俺の妹が世界一かわいい。

「それでね? 真美さん、購買に向かう人達を不思議そうに見てたの」

 予想できない。
 どういう反応なのだろう。

「思わずあたし達も真美さんを見守っちゃうよね」
「見守っちゃったのか」

 あたし「達」だから、高輪さんを昼食に誘おうとしていた人達は揃って見守り勢になったのだろう。愉快な光景だ。見てみたい。

「五分が経過しました」
「そうか」

 妹は喉の調子を整え、隣を見て言う。

「……もし」

 分かる。これは真美さんの物真似だ。

「ランチは、いつ始まるのでしょうか?」
「もう始まってるよ?」

 俺は妹の物真似をした。
 妹は心から驚いたような反応を見せる。

「食事は、いつ配られるのでしょうか?」
「セルフだよ」

 妹の表情が絶望の色に染まった。

「……せる、ふ?」

 その反応を見て、俺は理解した。
 高輪さんの状況から察するに、彼女はお金を持っていない。だから学校のランチに期待していたのだろう。しかし「無料の食事」は無いと知った。俺なら泣いちゃう場面だ。

 妹は演技をやめ、真顔になって言う。

「思わず皆で餌付けしちゃったよね」
「優しい世界」
「残念、厳しい世界です」
「なんですって?」

 まさかの発言に驚愕した。
 妹はピンと人差し指を立てて言う。
 
「コンテストが始まったんだよ」

 数秒、考える。
 そして俺は理解した。

「食レポか」
「正解。ご褒美にピーマンを進呈します」
「辞退します。好き嫌いは許しません」
「ぶー!」

 俺は世界一かわいい妹を見ながら思い出す。
 昨夜、もやしハンバーグを食べた高輪さんは謎の食レポを披露した。

 多分、学校でも同じことが起きたのだろう。
 その結果、楽しくなったクラスメイトの間で謎の勝負が始まったというわけだ。

「はむっ。もぐ、もぐ、ごくり」

 妹が謎の演技を始めた。

「和歌山県産の鶏卵を使った玉子焼きですわね。仄かに温かく、食感はとても柔らかい。素材本来の甘味を引き出す絶妙な焼き加減、お見事です。67点」

 採点しちゃったよ。

「優勝は松本さんのチーズ入りハンバーグ」
「何点だった?」
「81点」
「なんかこう、絶妙だな」

 少し待つ。
 妹は「兄特製格安弁当」について何も言わない。

 その代わり、熱い眼差しを向けてくる。
 理解した。お兄ちゃん明日はちょっと本気を出すわね。


 その後も愉快な話が続いた。


 高輪さんの感覚は普通の人と違う。しかし妹と愉快な仲間達はそれを個性として受け入れたようだ。一日を振り返る妹の姿は本当に楽しそうで、その顔を見ていると俺も嬉しくなった。

「真美さんから兄にお願いがあります」
「聞きましょう」

 妹は立ち上がり、自室のドアを開いた。
 その先には、どこか緊張した様子で、高輪さんが正座していた。

 ……ずっと待機していたのか?
 そんな疑問は、彼女の言葉によって掻き消される。

「どうか! お仕事を紹介してください!」

 

2件のコメント

  • セルフ?…みたいな人生を送ってみたかった…
  • ガチおもろい
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