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続:庶民になった元お嬢様

【前書き】
第2話の先行公開です。

第1話はこちら。
https://kakuyomu.jp/users/MuraGaro/news/16817330662740501574

【タイトル】
庶民になった元お嬢様 ~ボロアパートにやたらと上品な子が引っ越してきたと思ったら上昇志向つよつよな世間知らずお嬢様だった件~

【キャッチコピー】
ファミレスの領収書……お会計の単位はドルですの?

【本文】
「どうぞ」

 大学の講義で作ったちゃぶ台の上に、地域主催の陶芸体験で作った皿を置いた。

 特別なことはしていない。
 空腹で涙目になっていた少女に食事を提供しただけである。

 しかし強い緊張感がある。
 それはきっと目の前に座っている少女から感じる品格のせいだ。

 外見だけではない。
 ただそこに座っているだけで、住む世界が違う相手だと分かる。

 姿勢とか、表情とか、色々。
 きっと細かい「差分」の積み重ねが畏怖のような感情に繋がっているのだろう。

「……こちらは?」

 お嬢様が口を開いた。
 俺は背筋を伸ばし、ありのまま答える。

「もやしと挽肉のハンバーグです」
「あたしの大好物です」

 妹が言葉を添えた。
 すまない。今は口を慎んでくれ。

「……頂きます」

 お嬢様が箸を持った。
 そして、そのまま硬直した。

(……どうした?)

 数秒後、俺は背に汗が滲むのを感じた。
 彼女が何者なのかさっぱり分からないが、流石に格安ハンバーグは不敬だったか?

「……もし」
「なんでしょうか」

 彼女は箸を机に置き、静かに口を開いた。

「お箸でハンバーグを食べるには、どうすれば良いのでしょうか」

 彼女は何を言っているのだろう。
 どうって、普通に食べれば良いのでは?

 いや待て、安易な回答は危険だ。
 何かもっと高尚な発言かもしれない。

「お手本みせよっか?」

 妹よ。欲を抑えてくれ。
 ちゃんと後で作ってあげるから。

「是非」
「りょ!」

 くっ、話の展開が早い。
 許可を得た妹はお嬢様の隣に移動すると、いつの間にか持っていた箸でハンバーグを一口サイズに切った。それから庶民らしい所作でパクり。

「んまぁ~」

 そして幸せそうに目を細めた。
 ふふ、今月から高校生になったというのに、こういう姿はまだまだお子様だな。

「なるほど」

 お嬢様は何か理解した様子で頷いた。
 その後、妹の動きを再現するような動きでハンバーグを口に入れた。

「ん、んまぁ~!」

 そこまで真似しなくて大丈夫です。

「柔らかい挽肉の中にあるもやしが、シャキシャキとしたアクセントを生み出しておりますわ。味も秀逸。素材の旨味を限界まで引き出そうとする料理人の努力が感じられる逸品ですわ」

 まさかの食レポ。

「やったね」

 妹がグッと親指を立てた。
 普段なら「やったぜ」と返事をするところだが、お嬢様の前で余計なことは言えない。

 俺は彼女の食事姿を見て確信した。
 食べ方には育ちが出る。この言葉は真実だった。まさに育ちが違う。

 間違いない。
 彼女は、正真正銘のお嬢様だ。

 すると別の疑問が生まれる。
 なぜ、このような場所に居るのだろう?

「……美味しい。美味しいですわ」
「分かる。泣くほど美味しいよね」

 妹よ、ちゃっかり二口目に行くのやめろ。
 さて作り手としては嬉しい反応だが、泣く程は美味しくないはずだ。お嬢様はよっぽど空腹だったのだろう。

「あたし|智花《ともか》。そっちは?」
「……|高輪《たかなわ》、|真美《まみ》と申します」

 俺の妹のコミュ力が高過ぎて笑える。
 流石は金髪ギャルだ。地毛だけどね。

 今は亡き母さんがイギリス人。
 夜逃げしたクソ親父が日本人。

 俺には黒髪黒目が遺伝した一方で、妹には金髪碧眼が遺伝した。出会う人みんなに似てない兄妹だと言われるが、血は繋がっている……はず。

「失礼、ご挨拶が遅れましたわ」

 お嬢様は荷物から箱を取り出した。
 それから俺の隣に移動して正座する。

「本日から隣人となります。至らぬ点が多くご迷惑をおかけするかとは思いますが、何卒、懇意にして頂けると幸いですわ」

 和服を幻視する程に見事な座礼。
 その後、彼女は俺に箱を差し出した。

「これはどうも。ご丁寧に」

 受け取る。机に置く。妹が手を出した。
 待て。すぐ開けるな。せめて彼女が帰ってからにしなさい。

「ラ……なに?」
「ラ・メゾン・デュ・ショコラですわ」
「へー!」

 妹は元気の良い声を出すと、写真を撮り始めた。俺は背筋が冷たくなる感覚と共に苦笑する。幸いにして、お嬢様は寛容だった。

「お二人は、ご兄妹ですの?」
「はい。似てないですけどね」

 ……沈黙が辛い。

「高輪さんは、どうしてこんなところに?」

 無難な話題を振ってみた。

「……父が破産しましたの」

 無難な返事が欲しかった。

「ほんの半日ほど前のことですわ」

 高輪さんは説明を始めた。
 やはり彼女は良いところのお嬢様らしく、とても豊かな生活をしていたようだ。

 しかし突如として終わりを告げられる。
 父から連絡を受けた彼女は、最初ドッキリかと思ったが、色々な出来事を経て事実だと理解した。

 父は無計画な人間であり、母に愛想を尽かされ逃げられた前科があるそうだ。それでも金だけは持っていたが、遂に大きな失敗をして全財産を失うことになった。
 
 彼女が借金の形に取られた自宅の前で呆然としていると、元使用人から鍵と手紙を渡された。そして僅かな荷物を手に、父が貧しかった頃に使っていたボロアパートに赴いたのだった。

 その後、部屋の掃除を済ませ、ディナーが用意されるのを待っていたが、その気配は一向に訪れず、途方に暮れていたらしい。

「びっくりしましたわ」

 話はシンプルな感想によって締められた。
 
「……」

 何も言えない。
 マジで何も言えない。助けて妹。

「これ一箱で4500円もすんの!? やばばばっ、二ヶ月分の食費じゃんか!」

 ごめん。兄が悪かった。
 お願いだから黙っててくれ。

「高輪さんは、今後どうするんですか?」

 俺はごまかすような質問をした、
 彼女は頬に手を当て、困ったような表情を浮かべて言う。

「どうすれば良いと思いますか?」

 断言する。
 22年ちょっとの人生で、今よりも重たい質問を受けたことがない。

「真美、歳いくつなの?」

 妹が全く空気を読まずに質問した。

「先日16になったばかりです」
「高一!? タメじゃん! いぇーい!」

 妹はハイタッチを求めた。
 お嬢様は困惑した様子で応じた。

 その後、妹は自室へ向かった。
 なんともまあ自由な存在である。

 お嬢様は自分の両手をじっと見る。
 やがてハッとした様子で顔を上げると、照れたような表情を浮かべて言った。

「可愛らしい方ですね」
「……ええ、ほんと、元気な妹でして」

 高輪さんを見習って欲しい。
 お嬢様のような品性は望まないから、せめて年齢相応の落ち着きを持ってくれ。

「真美、高校どこ行くの?」

 妹が再び現れた。
 頼む。頼むから大人しくしてくれ。

「確か、|桃薫《とうくん》女学園というところです」
「マジ!? あたしも! 友達になろ!」
「とも……はいっ、是非!」

 あら~。
 兄としては喜ばしい光景ですわね。

 いや見惚れてる場合じゃない。
 大人として、適切な対応をするべきだ。

「記念撮影しますか?」

 違う。そうじゃない。

「流石! 真美っ、肩組むよ!」
「えっ!? あのっ、えぇ!?」

 妹はあたふたする高輪さんの肩を掴み、俺にスマホを差し出した。

 俺はスマホを受け取る。
 妹は「いぇーい!」と言ってピースした。

「い、いぇーい」

 高輪さんが若干のアヘ顔を披露した。
 流石はお嬢様だ。愛想笑いも一味違う。
 
(……あの顔、撮っても大丈夫なのか?)

 疑問を抱いた頭。
 流れるように動いた指。

「真美スマホある? レイン交換しよ」
「是非!」

 その後、妹は高輪さんを自室に連れ込んだ。
 俺はパソコンを取り出し、楽しそうな声をBGMに論文の執筆を始める。

 この春、俺は大学院生になった。
 目的は就職先をワンランク上げること。

 妹との生活を考えれば一日でも早く就職したい。
 しかし学部時代の俺には年収300万円程度の選択肢しかなかった。

 だから大学院へ進学することにした。
 多くの情報を集め、夢を叶えるための計画を立てた。

 狙いは夏の長期インターン。
 これは事実上の「囲い込み」であり、高確率で内定に繋がる。

 現在、俺は二社のインターンに参加することが確定している。
 妹が高校を卒業する頃には、ちょっぴり豊かな生活を手に入れられるはずだ。

(……この部屋で生活するのも、あと二年くらいか)

 風が吹けば揺れるようなボロアパート。
 もちろん防音性能はゼロに等しく、今も妹の楽しそうな声が絶え間なく聞こえる。

 この声に何度も救われた。
 挫けそうな時、妹の笑顔を思い出すだけで無限に力が湧いた。

 そして、同じくらい申し訳ない気持ちになった。

 妹はとても無邪気だ。でもそれは純粋な感情表現ではない。
 あの笑顔は、周囲の人々を明るい気持ちにするためにある。俺が無能なばかりに、他人を気遣うような生き方を強制してしまった。

 もっと早く大人に縋っていれば、国の保護を求めて施設に入っていれば……そんな風に思ったことは一度や二度ではない。

 だけど俺は──あの日、二人で生きることを選んだ。
 幼い故の無謀さと傲慢さで、兄に縋る妹の小さな手を摑んだ。

 絶対に後悔させない。
 そのために俺は、日々がんばっている。

「あれれ? 真美の部屋お風呂ないの?」

 俺は論文を執筆する手を止めた。
 違う。違うんだ。邪な気持ちを抱いたわけではない。

「えー、あるはずだよ。あたしが見ても良い?」

 これは、あれか? そのまま二人で入るパターンか?
 いや、しかし、このアパートの風呂に二人はとても……そうか、そうか。

「兄、ちょっと真美んち行ってくるね」

 俺はパソコンを見たまま片手を挙げて応じた。
 論文の執筆に集中しているという演技である。

「……行ったか?」

 ドアが閉まった後、俺は壁際に寄った。
 違う。違うんだ。決して声を聞こうとか、そんなんじゃない。

「……」

 ……。

『ここだよ!』
『……えぇ!? こちらがお風呂なのですか!?』
『そうだよ。逆に何だと思ったの?』
『……洗濯物などを、手洗いする場所かと』
『あははっ、何それおもしろ!』

 ……。

「さて、執筆を続けようか」

 四月下旬。
 お隣にお嬢様が引っ越してきた。

 何やら色々と事情がある様子だが、よく分からない。
 だけど、妹と仲良くしてくれるのなら、とても嬉しい。

 こんなボロアパートだから、妹は友達を連れ込んだりしない。
 しかし隣人ならばどうだろうか。気軽にお泊りとか、一緒にご飯を食べたりとか、そういう親友みたいな付き合いができるはずだ。

「……お泊り」

 なんて高尚な響きなのだろう。

「……お風呂」

 実に文学的な単語である。

「……添い寝」

 今年の流行語大賞、決まっちゃったね。

「…………」

 俺はパチンと自分の頬を叩いた。
 それからキーボードに手を乗せて、真面目に執筆を再開する。

 結論だけ言う。集中できなかった。
 まぁ、今日くらいは良いだろう。妹に新たな友達ができた。それを全力で祝うことにしようじゃないか。きっと明日からは静かになるはずだ。

 ──再び結論だけ述べる。全く静かにならなかった。
 むしろ俺は、俺達は、より深く彼女と関わることになるのだった。



【あとがき】
「続きが気になる!」という場合には何かしらリアクションを頂けるとモチベーションに繋がります(*ノωノ)

2件のコメント

  • ギャル妹さんとの同居が良いアクセントになってる感じ🙆
  • 次回楽しみにしています
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