「ふぅ。ちょっと暑いですわね」
「もうすぐ夏だからねぇ」
今日は久々の休暇。
メロンと二人で町にお買い物に来ています。
一通りショッピングを楽しんだ後、私たちは前から気になっていたお洒落なカフェに入りました。
「それで、私になにか相談があるのでしょう?」
「うぅ……やっぱりわかる?」
「何年一緒に暮らしていると思っているのですか?」
メロンには筒抜けか。
敵わないなぁ。
「リュクスさまと、何かあったのでしょう?」
「そこまでわかっちゃう?」
「わかっちゃいますわ。ここ最近の貴方たち、ギクシャクしてますもの」
コーヒーを一口、カップを置いたメロンは優しく微笑みました。
「全てを白状しろとは言いません。モルガの言葉で、私に相談してくれればいいですわ」
「うん……もしも。もしもだよ? 自分のお仕えしている人のことを好きになっちゃったら……メロンならどうする?」
「自分のお仕えする方を好きになるのは当然では?」
「そ、そうじゃなくて。男として……だよ」
「そうですわねぇ」
メロンの刺すような視線。私の発言の真意を探る視線が痛いですね。
「もしもの話ですか?」
「うん。もしも」
「そのお仕えしている人というのは貴族階級を想定してよろしいのですか?」
「うん。そんな感じ」
メロンは再び考え込みます。
「あくまで私の考えですが……そもそも男として魅力を感じない方にお仕えすることはありません」
「ほーう」
思わず感心してしまいます。
確かにメロンはリュクスさまの魅力を引き出すために、スキンケアやファッションのサポートを頑張ってきました。
「好きになるなという方が無理な話です。ですが……」
「ですが?」
「正妻の座を狙うことはありません」
「絶対?」
「絶対です。身の程が過ぎますわ」
「だ、だよねぇ……」
はぁ。
そうだよねぇ。
「ですが……もしも。もしも私たちの中の誰かが本気でリュクスさまのことを好きになったのなら……そしてリュクスさまの思いも本物なのだとしたら」
「え?」
「私は全力で応援いたします」
「メロンちゃん……って! わ、私べつにリュクスさまの話はしてないんだけどー!?」
「あら。私てっきり」
「もうー!」
まったくメロンには敵いません。
***
***
***
帰り道。
いつもの海の見える公園で、リュクスさまを見かけました。
鉄棒の上に座って(危ないです)海を眺めています。
夕日からの逆行で真っ暗になったその背中はどこか寂しげで。
なんとなく、初めて出会った時のことを思い出します。
あの時、私は傲慢にも貴方のことを「可哀想な子供」だと思っていました。
でも。
前を向いて成長していく貴方を。
日に日に逞しくなっていくその体を。
大きくなっていく手を。
変わらない優しい笑顔を。
いつの間にか一人の男性として意識し始めていました。
一体いつだったかなぁ。
この島に来た後っていうのは覚えているんだけど。
ですが、貴方は御三家と呼ばれる由緒正しき一族で。
私はただの一般庶民のメイドで。
これは片思いなんて言うのも憚れる、許されざる恋で。
行く場所のなかった私を育ててくれた当主さまからの恩を仇で返す行為だと。
そう思い聞かせて、ずっと気持ちを封印していました。
「でも……この前のあれは……」
ひと月前。
リュクスさまに突然キスをされて……私は驚きました。
貴方の唇が私の唇に触れた瞬間。まるで世界の色が何倍にも増えたみたいに明るくなって。
嬉しいのにたまらなく泣きたくなって。
心臓が破裂するんじゃいかってくらい脈打って。
どういう意味? って聞きたいのに、聞けないまま。
だって恐くて。
聞いたら、今までの全てが壊れてしまいそうで。
でも。
でももし……。
ううん。それは駄目。
私はメイドのモルガ。
主に仕える、僕なんだから。
夢みたいなことを考えては駄目。
「リュクスさまー! こんなところで何黄昏れているんですか?」
「も、モルガか。なんでここに?」
「えへへ。メロンとのデートの帰りです。リュクスさまこそどうして? カッコつけですか?」
「違うよ。俺は研究所の帰りだよ。知ってるだろ。いつもここで夕日を見てから帰るって」
「そうでしたね」
いつも通りの会話。
うん。いつも通りに出来てる。
私はうまくやれる。
あの夜の出来事は何かの間違い。
ほんの一瞬の気の迷い。
それでいいよね。
「あ……ええと」
「……」
お互い会話が弾みません。
沈黙が、寂しい。
二人で居るときは、ずっと幸せな気持ちだったのに。
今は胸が苦しい。
「モルガ。あの、この前の夜のあれ」
「えー? 何の話ですかー?」
「おいおい嘘だろ? 忘れちゃったのか?」
「私、忘れっぽいんでー」
嘘。
忘れられるわけない。
でもそれでいいじゃない。
今までだって、こうやっておバカのフリして自分の気持ちをやり過ごしてきたんだから。
「俺……」
リュクスさま。
貴方は凄い人なんです。
お父上のグレム様より。お兄様のデニス様よりもっと。
もっともっと凄い人になるんです。
そんな凄い人の隣に立つのは、同じくらい凄い人じゃなくちゃいけないんです。
例えば一国の王女さまとか。
例えば最強の剣士さまとか。
例えば同じ御三家のお嬢様とか。
例えば天才と呼ばれる発明家とか。
例えば魔を清め従える聖女とか。
私みたいな一介のメイドにうつつを抜かしていてはいけません。
私の目を見たリュクスさまは何かを悟ったのか。
しゅんとして、言葉を変えます。
「ええと。ゴメン。あの日の俺、どうかしてて」
「ぷぷー。若き性欲の暴走ですか?」
「そんなんじゃないんだ。そんなんじゃないんだけど…あの」
「大丈夫です。私、気にしてませんから。あんなの全然」
嘘。
でも、こうするしかないじゃないですか。
「忘れてあげますよ」
私の言葉に、リュクスさまは悲しそうに顔を歪めます。
苦しいけど仕方ないですよね。
だからどうか。
そんな顔はしないでください。
貴方が悲しいと私も悲しい。
「ああ、忘れてくれると助かるよ。俺も、なんかの間違いだったって思うから」
リュクスさまの青い瞳が悲しく揺れました。
私の大好きな、青い瞳。
初めてその目を見たとき。
魔眼を怖がる私のために、力を封じてくれたあの日。
貴方の青い目を見て、まるで宝石のようだと思いました。
あの自信と未来への希望に満ちあふれていたあなたの目が。
今は寂しげに揺れている。
貴方が寂しいと感じている時の目は、今も魔眼でも変わらないんですよね。
思えば。リュクスさま。貴方はいつも寂しそうでした。
お父様やお兄様に相手にされていなかった幼き頃。
王女さまからの手紙が途絶えたあの頃。
私だったら。
私だったらずっと貴方の側に居て、一瞬たりとも貴方を寂しくなんてさせないのに。
その綺麗な瞳をそんな風に涙で濡らす事なんてさせないのに。
私なら……私なら。
「モルガ……? んっ」
「……」
気が付くと、私はリュクスさまにキスをしていました。
「忘れるんじゃなかったのかよ」
「リュクスさまが悪いんです。そんな、捨てられた子犬みたいな目で私を見つめるから」
「目に関してそんなこと言われたの初めてだ」
そう言ったリュクスさまの照れ混じりのお顔はとても可愛くて。
「ねぇモルガ。これってさ。そういうことでいいんだよね?」
「わ、私からは言えません」
「じゃあさ。もう一回してもいい?」
「もう。こういう時は黙ってするものですよ」
その後。
私たちは何度も唇を重ねました。
何も言葉にしなくても。
今の私たちは、それだけで通じ合えるのです。
でも。
こんなにも近くに居て、触れあっているのに。
何故でしょう。
この日から、私はリュクスさまを以前よりも遠くに感じるようになったのです。
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