「フレンチ・ディスパッチ」それはフランスにある架空の都市で発行されている雑誌。
アメリカ資本の出版社のフランス支社が発行するこの雑誌は、名物編集長の指揮のもと、個性あるライターが在籍していた。
ある日、その編集長が突然なくなると彼の遺言に従い雑誌を廃刊することに。(編集長は本社社長の息子で彼の意向で元々あった雑誌を「フレンチ・ディスパッチ」へと変更させていた。)
突如決まった編集長の追悼号にして雑誌の追悼号。
この物語は追悼号に掲載された3つの記事の内容について描かれた映画である。
という事で正規名称「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」を観てきました。
元々以前から気になっていた訳ではなかったのですが、先日『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』を観に行った時、上映前に流れた「フレンチ・ディスパッチ」の予告編を見た時に興味を持って観に行くことにしました。
ただこの時の感覚は「面白そう」ではなく「何だこれは」という感覚でした。
元々興味が湧いた映画はとにかく観に行く癖がある自分なので、以前も「海獣の子供」や「ずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜」、「ラストナイト・イン・ソーホー」「ミッドサマー」などは同じ様に予告編やレビュー記事を見て「何だこれは」となって観に行った映画でした。
以前『テネット』を観に行った時に書いた近況ノートにも書きましたが、基本的に映画を見るときには相関図を頭の中に描きながら見るのですが、今回は実質オムニバスなので相関図を都度新しいものを用意する形で見ている方も大変。(この観方はオムニバスには向いていないな。。)
ただそれぞれに異なるテーマと表現方法をもちいる事で、非常に面白い映画でした。
これだけだとただの感想ですが自分的に重要なのは、この映画を作る動機が気になったことです。
この中に描かれる3篇は上記のようにそれぞれ内容の異なる(しかもそれぞれにテーマのある)内容です。
それぞれが独立した短編映画としても成立しそうな内容を、なぜ同じ雑誌の同じ号に載った記事という体裁を採用していたのか気になるところでした。
これはいわゆる「これを書いている時の作者の気持ちを考えよ」的なものではなく、監督自体の持ち込み企画なら(内容的に監督が映画会社から依頼されて作ったとは考えずらいので断定)なぜこの様な内容にしたのかを考えました。
想定したのは監督は「フランス」と「雑誌文化」が好きなんだろうというところでした。
「雑誌文化」は雑誌の記事の体裁で進む物語から簡単に推察ができますが、「フランス」は何故かといえば、舞台がフランスであること以上に各物語のテーマがそれぞれ「芸術」「革命」「食事」だったことです。
これらはフランスと言われて思い起こすことが多いワードですね。ここから推察しました。
ただ、この映画は「フランス好き!」で構成されているわけではなく行き過ぎた芸術の売買、革命の影、犯罪や移民問題などフランスが抱える問題もエッセンスとして含まれており、色々考えさせる物となっていました。
今回この映画を観て以上の事を考えたわけですが、こちらを総括すると「好きな物」を題材に物語を作ることは悪いことじゃない。でも好きなものの負の面に着いても言及することでそれは物語に刺激を与えるエッセンスとなるというところでしょうか。
これを書いている2022年1月末は状況が状況ですので、外出には気を使わざるを得ないですが、様々な映画を見て行きたいと思います。(そしてそれを吸収して創作活動の糧に!)
■追記
2月も「ウエスト・サイド・ストーリー」や「シラノ」など気になる映画があるのですが「バイオハザード」はどうしようか悩み中。