Iさんは就職してからしばらくして、会社の用意した寮からワンルームのアパートに引っ越した。会社の用意した寮より狭く、光熱費もかかり、家賃も高いのだが、それでも引っ越さざるを得ない理由があったそうだ。
「最悪なんですが……割り当てられた部屋に出るんですよ」
夜中に目が覚めて周囲を見渡すと薄暗い時刻なのだが、金縛りで体で動くのは指と首くらいだった。
動けないまま首を動かし部屋を見回すと、スーツを着た男がぼんやり光って立っている。目からは涙を流して、声こそ聞こえないものの嗚咽をしているようだった。
少ししてふっと体が動くようになって、体を起こしたときには男は影も形も無かった。
それからしばし、毎日違う男が部屋に立つようになった。何故こんな目に遭うのだろうと思っていたが、後日になってその理由を理解した。
会社がなかなかのパワハラ気質なのだ。研修期間が終わると共に飛び込み営業にかりだされる。メンタルをすり減らす日々で、泣きたくなる事も当然あった。
今ではいつでも辞められるように会社から逃げられる準備をしているそうだ。その一環として住所を会社が用意したところから変えたのだと言う。
「あの霊たちに具体的に何があったのかは知りませんがね……あの会社なら幽霊もそりゃ出るなって思いますよ」
そう言って私の謝礼を受け取り、『転職にあてさせてもらいます』と言って去って行った。果たして一体何人分の幽霊がいただろうか考えると空恐ろしくなった。