Rさんは飲食店でバイトをしていた。居酒屋などでは無くファミレスで、チェーン店なので潰れる事はないだろうと日銭を稼ぐために接客をしていた。
しかし、その店舗には奇妙な口伝があった。先輩が『30番テーブルは誰も座っていないようなら呼び出しボタンが鳴っても無視しろ』というものだった。
誰も座ってないんだろうに、どうやって呼び出しボタンを押すんだと思いながら、からかわれた気がした。
その教えを頭の片隅に置いておき、業務を淡々とこなしていった。問題無いままバイトをしていたのだが、ある雨の日に問題が起きた。
その日、雨がしとしと降っている中、客足も少なく数えられる程度しかいなかったので気楽に構えていた。店舗内を見渡すと、あの30番テーブルに赤い服を着た女性が座っていた。
いくら呼び出しがあっても無視しろというのは、誰も座っていないときであって、客がいれば当然対応する。
少ししてチャイムが鳴ったので見るとあのテーブルだった。お冷やを持ってそのテーブルに行くとお冷やを置いたのだが、注文をする気は無いようで、テーブルに立ててある期間限定メニューの板を眺めていた。
まだ決まっていないのかと思いながらバックに戻ったのだが、先輩が血相を変えてやってきた。
「お前あそこは誰もいないなら対応するなって言ったろ」
「いや、お客さんいますよ、ほら、赤い女の人」
そう言うと先輩は顔をしかめながら、店長を呼んできた。そして一月分の給与をしっかり払うから即日で辞めてくれと言われた。
理由は決して話してもらえなかったが、『君に何かあっても困るからね』とだけ言っていた。
すぐ帰りなさいと言われ、今日の給料はちゃんと1日分で計算しておくからと言うので釈然とはしなかったがその場で辞めて誰からも送り出される事無く帰る事になった。
着替えて帰ろうとしてたとき、店内を見るとあの席には水の無いコップが置かれているだけで、お客さんは誰もいなかった。注文もしなかったのかと思い帰宅したのだが、何かを食べた後が全く無いのに人だけ消えていたのでなんとなく察してしまったそうだ。