Fさんはかつてやんちゃだったと武勇伝を語っていた。その話はよくある『昔はワルだった』という話だったので、それが続いてうんざりしている私の顔を見たからか、本題にようやく入ってくれた。
「実はな、俺も怖いものが無いわけじゃないんだよ、ああ、もちろん警察とかそういうもんじゃない」
アレはバイクに乗って走ってたときの話だな。大型を中免で乗ってたよ、違法だったんだがなあ……あの頃は大型が取れたもんじゃなかったから……まあそんな言い訳はしないさ。
峠を攻めようと仲間連中と集まるときのことだ、あんときはオービスがある場所は共有されてたから直線をすごい勢いでみんな走ってたな。危ないのは百も承知だったよ、言い訳じゃないが社会に反逆したかったのかもな。
そこで俺も当時貴重だったナナハンで峠に向かったんだ。ところが交差点を通るときに自転車が信号を無視して来たんだな。
フロントブレーキを思い切り握ったせいでフロントがロックしてアスファルトにこすりつけられたんだ。当時はABSなんてハイテクなものは無かったしな。
それで救急車を仲間が呼んで病院行きだったんだがな、その後警察からの検証があるだろ? そのときに俺は自転車のことを言ったんだよ、それでアレに乗ってたやつに怪我は無いのかってな。
その話をしたのに警察は俺を疑いの目で見ながら当日に酒を飲んでなかったかと聞くんだよ。俺だって峠を攻めるのに酒を飲んで乗るわけ無いだろ? だからなんでそんなことを聞かれるか分かんなかったんだ。
でもな、話によると仲間たちは俺が突然交差点の真ん中で急ブレーキをかけて転んだって話してるんだ。つまりあの自転車を誰も見ていなかったんだな。
ただ、俺は確かにライトを光らせながら信号無視をしている自転車を見たんだよ。ま、誰も信じてくれなかったがな。
それきり二輪からは降りたが、無免許だったので散々な目に遭ったよ。でも思うのは、本当に誰かを轢いていなくて良かったと思うよ。
アレに人が巻き込まれてたらと思うとゾッとするし、それより足を痛めてバイクに乗れなくなったくらいで済んで良かったとは思ったな。
俺の体験はそのくらいかな、ま、あんま楽しい話じゃなかったな。
そう言って彼は話を終えた。自転車が警告のために現れたのか、あるいは彼に恨みがあったのかは定かではない。