Kさんの地元には川が流れているのだが、その川はいい年のKさんが一度も氾濫したところを見たことが無いらしい。豪雨が降ったときでさえ堤防が崩れることは無かったので疑問に思ったそうだ。
しかし、堤防ができたのはそこそこ前のはずなのだが、どうしてあんなに堅牢なのかは教えてもらえない。一応教えてもらえたのが『町長さんがお金をかけたのよ』くらいだが、隣の市の堤防は時折溢れたりしているので、そちらの堤防の方が立派なのだから自分のところが溢れないのはおかしいと思ったらしい。
何故誰も話をしてくれないのだろうと思って、ぼんやり歩いていると、近くの民家の住人のおじいさんから声をかけられた。
「おう、ちょっと金渡すから酒を買ってきてくれんか」
そのおじいさんがアルコールで肝臓を痛めているのは有名だったのですげなく断ろうとしたのだが、続く言葉に興味が湧いた。
「お前さん、あの川に興味があるんじゃろ? 儂は知っとるで」
その言葉で買ってくることに決めた。なんとか大学二年生、酒の買える年齢だったので、近くのスーパーで出来るだけ度数の低い酒を買って老人の元へ持っていった。
「なんや、えらい酒っぽくないやつがあるのう……まあええわ、たくさん飲みゃええだけや」
やはりこの老人を当てにするのは間違いだったのではないか? そう考えていると、老人は昔話を始めた。
「あの川なあ……昔はえらい氾濫しとったんよ。まあ儂が爺さんから聞いた話じゃからどこまで本当かは知らんがのう」
それからあの川の闇について話してくれた。
「あんまり氾濫するもんじゃからな、堤防の基礎に人柱をつこうたんじゃ。当時は口減らしも、赤ん坊が死ぬことも珍しゅうなかったんで人柱には困らんかったらしいわ。基礎にそれを埋めて以来氾濫することは無くなったらしいわ。まあ儂の爺さんの話じゃがな」
そんなことがあったのかと聞き返そうとしたところで、爺さんは酒の缶の二本目に手を付けていて、もうすでに酔っていた。これではまともな話は聞けないと思いそれきり調べるのを止めた。
どこまで本当かは知らないが、知ってしまうと引っ越したくなるからだそうだ。